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補14 菩薩蠻 儕栓上飛金雀


 菩薩蠻    李清照
儕栓上飛金雀、悉眉翠歛春煙薄。
香閣掩芙蓉、畫屏山幾重。
窗寒天欲曙、猶結同心苣。
啼粉污羅衣、問郎何日歸?



《和訓》
緑なす雲鬢の上に金雀を飛ばし、悉(ふつ)に眉翠の春煙の薄きを歛(あつ)む。
香閣芙蓉に掩(おほ)はれ、画屏の山 幾重なり。
窓の寒く天曙(あ)けんと欲し、猶ほ同心の苣を結ぶ。
啼きて粉の羅衣を汚し、郎に問ふ何日帰るやと。


《語釈》
・僉Ы性の髪をほめていう。つやつやとした美しい。
・雲鬢:女の鬢の美しさを雲にたとえた語。また、美しい女のこと。
・金雀:かんざしの首に金の雀をつけたもの。
・悉:すっかり。ことごとく。ふつに。
・眉翠:黛。
・歛:おもう、ねがう、欲する。あたう(予)。古くは“斂”と同じく、聚集の意。
・香閣:女性の住む建物。
・芙蓉:ハスの花(【同】[荷花])
・掩:閉ざす。
・畫屏:絵が描かれている屏風。
・欲:…しそうである。
・同心苣:連鎖するたいまつ状のデザインの花紋様。古く心を一つにするという愛情の象徴として用いる。
・苣:たいまつ。
・粉:白粉(おしろい)。
・羅衣:薄絹(うすぎぬ)で仕立てた着物。
・郎:女性から夫や恋人に対する旧時の呼称。


《詞意》
豊かな黒髪に金雀の簪を揺らし、眉には残らず春霞を薄く集めました。
私の部屋は芙蓉の花に覆われ、屏風が山のよう幾重にも囲んでいます。
窓辺は寒くなって間もなく夜が明けようとしていますが、さらになお契りを結びます。
泣いては白粉で薄絹を汚し、貴方に今度はいつお帰りと問うばかりです。



| (清照補遺) | - | - | posted by 杉篁庵庵主 - -
補13 憶少年 疏疏整整


 憶少年    李清照
疏疏整整、斜斜淡淡、盈盈脈脈。
徒憐暗香句、笑梨花顏色。
羈馬蕭蕭行又急。
空回首、水寒沙白。
天涯倦牢落、忍一聲羌笛。



《和訓》
疏疏整整、斜斜淡淡、盈盈脈脈。
徒らに暗香の句を憐れみ、梨花の顏色を笑ふ。
羈馬蕭蕭として行くに又た急なり。
空しく首を回らすに、水寒く沙白し。
天涯に牢落を倦みて、一声の羌笛に忍ぶ。


《語釈》
・疏疏:まばら、密接でない。服装が鮮かで整っいてる様子。ぼんやりした様子。
・整:きちんとしている、整っている。・整整:まるまる、きっちり。整然として厳格な様子。
・斜:斜めの、傾いた。十分に身構える。
・淡淡:静かに水をたたえるさま。水が静かにたゆたうさま。
・盈盈(えいえい):水の満ちるさま。(水が)澄みきった。(姿や態度が)上品な。軽やかな。
・脈脈:途絶えずに力強く続くさま。
・徒:むなしい、何もない、ただ…だけ。
・暗香:どこからともなくただよってくる芳香。やみにただよう花などの香。
・羈馬:旅に出る馬。
・蕭蕭:風雨・落葉などの音のものさびしいさま。ものさびしいさま。
・天涯:世界中。 空のはて。また、非常に遠い所。
・倦:飽きる、倦(う)む。
・牢落:心がうつろなさま。さびしいさま。
・忍:つらいことを我慢する。気持ちが外に表れそうになるのをじっとこらえる。
・羌笛(きょうてき):青海地方にいた西方異民族(チベット系の人)の吹く笛。


《詞意》
時は水の流れのように疏疏と整整と、斜斜と淡淡と、満ち満ちて脈脈と流れます。
ただ漂う芳香を詠んだ句を憐れみ、梨の花のような顔色を笑ふばかり。
旅の馬は寂しげに急ぎ行きます。
虚しく首を回らせますと、水は寒く砂の道が白く続いています。
天涯にひとり虚ろな寂しさにも倦み、一声の羌笛に忍んでいます。



| (清照補遺) | - | - | posted by 杉篁庵庵主 - -
補12 新荷葉 薄露初零


 新荷葉    李清照
薄露初零、長宵共、永晝分停。 (晝=盡・書)
繞水樓臺、高聳萬丈蓬瀛。
芝蘭為壽、相輝映、簪笏盈庭。
花柔玉淨、捧觴別有娉婷。
鶴瘦松青、精神與、秋月爭明。
行文章、素馳日下聲名。
東山高蹈、雖卿相、不足為榮。
安石須起、要蘇天下蒼生。



《和訓》
薄き露初めて零(こぼ)れ、長き宵と永き昼とを共に分停す。
水を繞(ま)く楼台、高く聳ゆ万丈の蓬(よもぎ)の瀛(うみ)。
芝蘭寿を為し、相ひ輝き映えて、簪笏の庭に盈(み)つ。
花柔らかく玉淨(きよ)く、觴を捧げて別に娉婷(うるはし)き有り。
鶴痩せ松青く、精神と、秋月明を争ふ。
徳行の文章、素より日下に声名を馳す。
東山の高蹈、卿相と雖ども、栄為すに足らず。
安石須らく起ちて、天下の蒼生を蘇らすを要す。


《語釈》
・分停:平等に分ける。秋分の日。
・繞:巻く。めぐる。
・聳:そびえる。
・萬丈:万丈の高さ(深さ)の、まことに高い(深い)。
・蓬:よもぎ。蓬莱(ほうらい)は中国の神仙思想で説かれる想像上の仙境。東方の海上にあって、仙人が住む、不老不死の地と信じられた。蓬莱山。蓬莱島。よもぎがしま。
・瀛:大海。
・芝蘭:霊芝と蘭(ふじばかま)。めでたい草とかおりのよい草。すぐれたものや人にたとえる。ここは長寿を祝われる人。
・簪笏:かんざし・しゃく。祝いに来た高官・官女を指す。
・盈:満ちる。
・觴:酒盃。
・娉婷(へいてい):(婦人の姿や振舞いが)優雅な、美しい。美女。
・鶴瘦松青:仙鶴と常緑と共に長寿を祝う言葉。
・精神:神態、玉精神。神のような姿。女たちのすばらしい表情と態度を言う。
・徳行:修行によって得られる優れた状態や能力である徳と、それを実現する方法である行。功徳と行法。
・素:もとより。いうまでもなく。もちろん。
・馳:伝播する、広く伝わる。
・日下:首都。京都。
・聲名:よい評判。ほまれ。名声。
・高蹈:世俗の欲望を超越して、気位を高く保つ人。
・卿相:天子をたすけて政治をとる人々。公卿(くぎよう)。
・安石:謝安(しゃ あん320年 - 385年)中国東晋の政治家。東晋の危機を幾度と無く救った。詞はこの謝安の故事によっている。40歳になっても宮仕えせず、会稽の東山で気ままに暮らしていたので「東山高臥(とうざんこうが)」=世を離れ気ままに暮らす、という四字熟語がある。「悠悠自適」と近いが、大人物が風流な遊びを楽しむ、というニュアンスが強い。また「東山再起(退いた者が再び世に現れること。元の地位に復帰する。捲土重来)」という熟語も彼の故事による。
・須:…すべきである、…しなければならない
・蒼生:多くの人々。庶民。国民。あおひとぐさ。


《詞意》
初めて露がおりて、夜と昼とが等しく分けられる秋分の祝いの日を迎えています。
水に囲まれた楼台は、深い海の中に高く聳える不老不死の蓬莱島のようです。
優れたお方の長寿を祝い、輝くばかりの高官・官女が庭に集っています。
飾られる花や玉はしなやかに美しく、婦人たちは優雅なしぐさで盃を捧げ持っています。
鶴や松の長寿にあわせ、婦人たちの美と、秋の月が明るさを争っているようです。
貴方の徳を積んだ文章は、いうまでもなく天下に名声を馳せています。
世俗を超越しておられる方には、大臣の地位もそのほまれには十分ではありません。
どうぞ再び復帰なされて、世の人々を蘇らせてください。






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補11 青玉案 「春日懷舊」一年春事都來幾


 青玉案     李清照
(「春日懷舊」)
一年春事都來幾、早過了、三之二。
儖店晩挿娉鳥。
冤鳴躅 暖風簾幕、有個人憔悴。
 (幕=莫)(個=箇)
買花載酒長安市、又爭似、家山見桃李。
不枉東風吹客淚。
相思難表、夢魂無據、惟有歸來是。

(一説に歐陽修作)


《和訓》
一年の春事 都(すべ)て幾(いか)ほど来たるや、早や三のうちの二を過ぎぬ。
緑暗く紅嫣(あざ)やかに、渾(すべ)て可(よ)き事なり。
緑楊の庭院、暖風の簾幕、しかして個人には憔悴の有り。
花を買ひ酒を載する長安の市、又争(いかで)か家山の桃李を見るに似(し)かむ。
枉(むなし)からず東風(こち)客の涙を吹く。
相思表すに難く、夢魂據(よるべ)の無く、惟だ帰り来たりて是に有り。


《語釈》
・都:すべて。一般的にいって。大体。総じて。都はよせ合せる義。
・嫣:(容貌が)美しい、器量のよい。色彩が鮮やか。
・渾可事:自然によく合ったこと。・渾:すべて。天然の、自然のままの。
・庭院:中庭。
・簾幕:スダレと幕。帷幕。
・個人:(自称として)私。
・載酒:酒席を設ける。酒宴の用意をする。
・爭:なぜ、どうして。
・似:しく。匹敵する。かなう。およぶ。
・家山:ふるさと。故郷。
・枉:曲がる、歪める。無駄に。いたずらに。むなしく。しいたげる。
・東風:春、東から吹く風。こち。
・客:旅客。異郷に滞在あるいは寄留する(人)。ここは自身のこと。
・相思:(離ればなれで)思うにまかせぬ切なさ。
・據:よる。…に従って。依存する、頼みとする。よるべ。



《詞意》
今年の春も早くも半ばを過ぎてしまいました。
緑はいよいよ濃く花の紅も鮮やかで時の移ろいは自然のままに変わり有りません。
柳の新緑に包まれた中庭、暖かい風が揺らすカーテン、その中で私にはやつれ果てています。
宴席の華やかな都で花を買っても、どうして故郷で桃の花を見るのに敵いましょう。
いたずらに風が異郷にある私の涙に濡れた頬を吹きすぎます。
この切なさは現し難く、夢見る魂は頼りにするところも無く、ただここに一人帰るしかありません。


| (清照補遺) | - | - | posted by 杉篁庵庵主 - -
補10 鷓鴣天 「春閨」枝上流鶯和涙聞



 鷓鴣天   李清照
 春閨
枝上流鶯和淚聞、新啼痕間舊啼痕。
一春魚雁無消息、千裡關山勞夢魂。
 (雁=鳥)
無一語、對芳尊、安排腸斷到黃昏。
甫能炙得燈兒了、雨打梨花深閉門。

 (一說に秦觀作、無名氏作。)


《和訓》
枝上の流鶯 涙に和して聞く、新らたに啼く痕は旧に啼きし痕の間にあり。
一春の魚雁 消息無く、千裡の関山 夢魂を労す。
一語も無く、芳尊に対し、安(いづく)んぞ腸断を排せむや 黄昏に到る。
甫(まさ)に能(よ)く炙(あぶ)り得て灯児(ともし)了(をは)り、雨梨花を打ちて深く門を閉ざせり。


《語釈》
・流鶯:晩春にここかしこと飛び移って乱れ鳴くうぐひす。
・和:動作や比較の対象を示す。他のものととけ合った状態にする。声を合わせる。混ぜ合わせる。
・痕:痕跡(こんせき)、あと。
・一春:この春。春たけなわ。
・魚雁:(比喩表現で)手紙。書簡を送り届ける人。
・消息:知らせ。便り。
・千裡:千里。遠く離れていることにいう。
・關山:郷里。
・勞:はたらかせる。疲れさせる。(あるいは、いたわる。同情の気持ちをもってやさしく接する。)
・尊:樽と通用。酒器、杯。「對芳尊」で、酒を前に、呑みながら。
・安:(疑問・反語を表す語を下に伴って)どうして。なんで。
・排:しりぞける。押しのける。
・腸斷:はらわたが断れるような悲しみ。断腸の思い。
・甫:今しがた…したばかり、やっと。
・炙:あぶる。
・兒
:接尾辞(音を整える)。
・梨花:白い梨の花。ここの「梨花雨」は女の泣き続ける姿を形容する表現であろう。


《詞意》
枝のここかしこに啼く鶯の声を涙と共に聞いています。啼き終わる間に新たな声が重なり、涙のすじもまた新たに流れ付きます。
この春、誰も便りを届けてくれる人は居りません。ただ遠い故郷に思いを馳せて気に病むばかり。
語ることも無くひとり、お酒を飲んでも、どうしてこの悲しみを祓うことが出来ましょう。はやくも夕暮れを迎えました。
今しがた灯火に火をいれました。雨に打たれる梨の花のように泣きつづけ、私の部屋はひっそり閉ざされたままです。




| (清照補遺) | - | - | posted by 杉篁庵庵主 - -
補9 品令 急雨驚秋晩



 品令    李清照
急雨驚秋晚、今歲較秋風早。  (晚=曉)
一觴一詠、更須莫負、晚風殘照。
可惜蓮花已謝、蓮房尚小。
汀蘋岸草、怎稱得人情好。
有些言語、也待醉折、荷花向道。
道與荷花、人比去年總老。
        

《和訓》
急なる雨の秋晩を驚かす、今歳較ぶるに、秋風の早し。
一觴に一詠し、更に須(すべから)く晩風残照に負くる莫(な)かるべし。
蓮花已に謝(しぼ)みしを惜しむべし、蓮房は尚(なほ)小さし。
汀(なぎさ)の蘋(うきくさ) 岸の草、怎(いか)に人情の好ろしきに稱し得む。
些(わづ)かの言語有り、也(ま)た待ちて荷花を酔ひ折りて、向道(した)ふ。
荷花に道(い)ひ与(あた)ふ、人は去年(こぞ)に比して総(おしな)べて老ひぬと。


《語釈》
・急雨:急に降り出す雨。にわか雨。驟雨(しゆうう)。
・驚:驚かす。目をさまさせる。
・晚:日暮れ。夕方。
・觴:古代の杯。
・觴詠:酒を飲み詩歌を吟ずること。
・更:(下に打ち消しの語を伴って)全く。全然。決して。
・須:…すべきである、…しなければならない。
・莫: …するなかれ。
・負:敗れる、負ける。
・殘照:日没の輝き。
・蓮花:ハスの花。
・蓮房:ハスの実の入っている花托(かたく)。
・謝:(花や葉が)散る、しぼむ。
・汀蘋:水辺のうきくさ。
・怎:どうして、どのように。「如何」の口語。
・稱:讃える。称讃する。ぴったり合う、マッチする。
・人情:気持ち。人間としての感情。
・些:すこし、いささか。
・言語:「げんぎょ」「ごんご」。ことば。ここは詩句の意か。
・也:また。「亦」
・荷花:ハスの花。はす・はちすは、葉を荷といい、実を蓮といい、根を藕という。
・向道:向往と同じか? あこがれる。想い慕う。「道」は、思う、思い込む。言う。
・道與:言い与える。
・總:すべて、みな。


《詞意》
秋の夕暮れ 突然に降り出した雨に驚かされましました。
その涼しさ! 今年はいつもより秋風の訪れが早いようです。
お酒を一杯飲んでは歌をまた吟じています、決して暮れ方の風や夕日の影に負けまいと。
惜しいことにハスの花はすでにしぼんでしまいましたが、ハスの実はまだ小さいままです。
水際に浮かぶ浮き草や岸辺の草がどうして心地よく心に寄り添い得るでしょう。
出来た詞はわずかなもの。待っても酔うしかなく、ハスの花を折って想い慕うしかありません。
ハスの花を手に想うことといえば、私が去年に比べて只ただ老いたということばかりです。



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補8 品令 零落殘紅



 品令   李清照
零落殘紅、恰渾似胭脂色。 
 (恰渾=此の二字無し・以臙脂色、似胭脂顏色)
一年春事、柳飛輕絮、筍添新竹。
寂寞幽閨、坐對小園嫩僉  (=閨・坐の二字無し)
登臨未足、悵遊子歸期促。
他年魂夢千里、猶到城陰溪曲。  (魂夢=夢魂)
應有凌波、時為故人留目。   (留=凝)
       (一説に曾紆の作)


《和訓》
零落して残れる紅は、
恰(あたか)も、胭脂の色に似て渾(にご)れり。
一年の春事、
柳は軽ろき絮を飛ばし、筍は新しき竹に添ふ。
寂寞として幽(かす)かなる閨(へや)に、
坐して小園の嫩(わか)き緑に対す。
登り臨むも未だ足らずして、
帰期促して遊子を悵(なげ)く。
他年 魂夢の千里ゆき、
猶ほ城陰の溪曲に到る。
応に凌波有りて、
時に故人と為(な)して目に留むべし。


《語釈》
・零落:花や葉が枯れ落ちる。また、落下する涙を指す。
・恰:ちょうど。まるで。
・渾:濁った、混濁した。
・胭脂:(ほお紅・口紅などの)化粧品のべに。臙脂。赤色。
・春事:春景色。春らしさ。
・絮:草木の種子についているわた毛。
・筍:たけのこ。
・寂寞:ひっそりとしてさびしいさま。
・幽:奥深い。ひっそりした。物寂しいさま。人けのないさま。
・閨:婦人の寝屋。
・嫩僉覆匹鵑蠅腓):新芽の緑。若緑。新緑。
・登臨:高い所に登って下を眺めわたす。
・悵:うれいなげく。
・遊子:旅人。家を離れて他郷にある人。
・歸期:還ってくる時期。
・他年:他の年。往年、以前。
・猶:やはり。たしかに。
・溪曲:谷川の湾曲した所。
・應:まさに‥‥べし。おそらく‥であろう。
・凌波(りょうは):急速に激しく流れる波。女子の足どりがしなやかなことの形容。美人の歩みが青い波に乗るように軽やかである比喩。または、美人の脚を指す。(「溪曲」と呼応するイメージであろう)。「凌」は迫る。威圧する。押しわけて進む。
・為:…とみなす。
・故人:古くからの知り合い。旧友。旧知。前妻或いは前夫の古称。ここは夫から遠く離れている自身を指す。
・時:時あたかも。その時。


《詞意》
悲しみの涙がこぼれるなか 散り残っている花は、
まるで頬に残る化粧の紅が涙に濁っているよう。
今まさに春の只中、
柳は軽ろやかに綿毛を飛ばし、筍は新しい竹に添い生えています。
ひっそりとさびしい人けない部屋に、
ひとり座って小さな庭の若々しい緑に向かっています。
あなたを偲んで高殿に登り遠く眺めやっても、心満たされることなく、
あなたのお帰りを促すしかなく 遠く他の地にあるあなたを愁うるばかり。
かつて 私の魂は夢に千里を飛び行き、
たしかにあなたのいらっしゃる街をめぐる川岸に到りました。
きっとあなたは女のしなやかに歩く姿を見出して、
まさになじみの私とみとめて目に留めたことでしょう。





| (清照補遺) | - | - | posted by 杉篁庵庵主 - -
補7 如夢令  誰伴明窗獨坐



 如夢令   李清照
誰伴明窗獨坐、 (窗=月)
我共影兒兩個。 (共=金)
燈盡欲眠時、  (眠=暝) 
影也把人拋躲。   
無那、
無那、
好個棲惶的我。
 
    (一説に向滈の作)


《和訓》
誰を伴ふや 明るき窓に独り坐りて、
我は影と共に両個(ふたり)なり。
灯の尽きて眠らんと欲する時、
影や人を把へて抛(なげう)ち躱(かく)る。
無那(いかん)ぞ、
無那、
(よし)や個(ひと)り棲みて惶(おそ)るる我を。



《語釈》
・兒:物の名の下に添へる接尾辞。
・欲:…しようとする、…しそうだ。
・拋(ほう):抛。なげうつ。すてる。
・躲(た):躱。かわす。隠れる、避ける。かはす、身をかわしてにげる。
・無那:どうしようもない。どうにもならない。いたしかたない。いかんともするなし。=無奈。
・好:《反語として》不満の語気を示す。
・惶:恐れる、不安がる。

 ※参考・同趣の孤独を詠った詩に、李白の「月下獨酌」がある。
花間一壼酒, 花間 一壺の酒
獨酌無相親。 獨酌 相親しむ無し
舉杯邀明月, 杯を擧げて明月を邀(むか)へ
對影成三人。 影に對して三人を成す
月既不解飮, 月既に飮を解せず
影徒隨我身。 影徒(いたづら)に我が身に隨ふ
暫伴月將影, 暫く月と影とを伴ひて
行樂須及春。 行樂須(すべか)らく春に及ぶべし
我歌月徘徊, 我歌へば月徘徊し
我舞影零亂。 我舞へば影零亂す
醒時同交歡, 醒時同じく交歡し
醉後各分散。 醉後各(おのおの)分散す
永結無情遊, 永く無情の遊を結び
相期邈雲漢。 相期して雲漢邈(はる)かなり
         


《詞意》
明月の差し込む窓辺に一人座って、誰が伴うというのでしょう。
私に私の影さんが伴って--私たち二人。
やがて灯火は絶え、眠りにつこうとする時、
月も沈んで影は私をひとりを残しするり身をかわし隠れてしまいました。
あぁ、どうしたらいいのでしょう。どうすることもできないのでしょうか。
私は、夫から離れただ一人寂しさにうち震え、悲しくうめくしかありません。



| (清照補遺) | - | - | posted by 杉篁庵庵主 - -
補6 浪淘沙 素約小腰身



補6 浪淘沙   李清照
  (「閨情」とするもある)
素約小腰身、不耐傷春。
疏梅影下晚妝新。
裊裊婷婷何樣似、一樓輕雲。  (婷婷=娉娉)
歌巧動朱唇、字字嬌嗔。
桃花深徑一通津。        (徑=處)
悵望瑤臺清夜月、還照歸輪。 
(照=送)


《和訓》
(もと)より約(つづま)やかなる小腰の身、春を傷むに耐へず。
(まば)らなる梅の影の下に 晩の妝(よそほひ)を新たにす。
裊裊(しなしな)と婷婷(しなやか)に何に似たる樣か、一楼の軽き雲。
歌巧みに朱唇動き、字字の嬌(なま)めき嗔(こえたか)し。
桃花の深き径は一に津に通ずるも、
悵望すれば瑶台に清夜の月、還(また)帰輪を照らせり。



《語釈》
・約:つづまやか。ひかえめなさま。つつしみ深いさま。
・小腰身:ウエストが細い姿。華奢な体つき。
・晚妝:夕方婦女は再度化粧して、着替える。
・裊(にゅう):しなやか。しとやか。
・婷(ちょう):うつくしい。しとやか。
・字字:それぞれの字(語)は全部。(あるいは、いつくしむ。)
・嬌嗔(きょうしん):美人のなまめかしい怒り。また、そのように怒ること。
・嗔:盛んな声。いかる。
・津:渡し場、渡船場。桃源郷への入り口。
 ※晉の陶潛の「桃花源記」で、武陵の人が桃花の林の奥の水源に桃源郷への入り口を見出した所と記されている。
・悵望:悲しく眺める。うらめしげに見やる。心をいためて思いやること。
・瑤臺:玉で飾った美しい御殿。玉のうてな。螺鈿などで飾った高楼。西王母の居るところ。仙境。また転じて月世界。
・清夜:涼しくさわやかな夜。
・還:やはり。なお、依然として。さらに、その上。(程度が)まずまず。
・歸輪:帰る車。婦人が家に帰るとき乗る轎車。

 ※この詞は女性のしなやかな美しさが歌われているが、そこにある艶やかな愁いの奥に幸せな世を願う想いが感じられる。
連想される陶淵明の「桃花源詩」の結びを記す。
奇蹤隱五百, 奇しき蹤(あと)隱ること五百、
一朝敞神界。 一朝 神界敞(あらは)る。
淳薄既異源, 淳薄 既に源を異にし、
旋復還幽蔽。 旋(たちま)ち復(ま)た還(なほまた)幽蔽(いうへい)す。
借問游方士, 借問す 方(はう)に游ぶの士、
焉測塵囂外。 焉ぞ測らん 塵囂(ぢんがう)の外を。
願言躡輕風, 願くは輕風を躡(ふ)み、
高舉尋吾契。 高舉して吾が契を尋ねん。
 乱世を避けた人々が桃花源に隠れてから五百年が経って、
 ある日、神秘な桃花源があらわれました。
 人情の厚薄の違いは全く異なったものでしたが、
 たちまちに再び、なおもまた覆い隠されてしまいました。
 俗世間に住む人におたずねしますが、 
 いったい、この俗世間の外(桃花源)を想像してみたことはありますか。
 できることならば、軽やかな風に乗って、
 高らかに舞い上がって、わたしの理想に合ったあの桃源郷を尋ねたいものです。 


《詞意》
もともとほっそりとした私には虚しく春の過ぎていくのは耐えられないこと。
散ってまばらな梅花の影の下に 宵の化粧を新たにします。
しとやかにしなしなと美しい姿は何に似ていることでしょうか、それは高殿にかかる軽い雲でしょうか。
歌うたえば巧みに朱い唇が動き、発せられる一つ一つの言葉はなまめかしくも怨みに声高くなります。
桃花のもとの深い小道は一つにユートピアへの入り口に通ずるといいますが、
御殿にかかるさわやかな月をうらめしげに見あげ、その光がまた帰り行く車を照らしているのを嘆き怨んで眺めやっています。




| (清照補遺) | - | - | posted by 杉篁庵庵主 - -
補5 采桑子 晩來一陣風兼雨



補5 采桑子   李清照
  (「夏意」「新凉」と題するもある)
晚來一陣風兼雨、洗盡炎光。  (晚=曉)(陣=霎)
理罷笙簧、卻對菱花淡淡妝。
絳綃縷薄冰肌瑩、雪膩酥香。
笑語檀郎、今夜紗幮枕簟涼。  (幮=櫥) 

       (一説に康與之の作とする・全宋詞)


《和訓》
晩来の一陣の風は雨を兼ね、炎(あつ)き光を洗ひ尽くせり。
笙簧を理(をさ)め罷(や)めて、却つて菱花に対し淡淡と妝す。
(あか)き綃縷(いと)の薄く、氷の肌を瑩じ、雪は膩にして酥と香る。
笑ひ語れる檀郎、「今夜紗幮枕簟の涼し」と。



《語釈》
・陣:風や雨や拍手を数えるの数詞(‘一’か‘幾’にしか付かない)。(日本では「一陣の風」としてしか使わない。)
・理:ととのえる。処置する。さばく。整理する。
・罷:やめる、停止する。
・笙簧(しようこう):笙(しよう)の 簧(した)。楽器の発音源となる舌状の小薄片。リード。笛吹くこと。
・菱花(りょうか):ヒシの花。一年生水草。水面に浮き、夏、白色四弁の花を開く。
・淡淡:うすくほのかなさま。あっさりと好ましいさま。
・妝:化粧する、装う。
・絳(こう):濃い赤。
・綃縷(しょうる):生糸と糸。
・冰:氷。氷のように透き通る肌。後の「雪」も同じく、雪のような艶やかな白い肌をいう。
・瑩:瑩(やう)ず。瑩貝で絹をみがき、光沢を出す。
・膩(に):つるつる、すべすべしている。
・酥(そ):さくさくして柔らかい、砕けやすい。
・檀郎:檀越。檀那(だんな)。妻が夫をいう語。
・紗(さ):紗うすぎぬ。うすもの。紗織り。夏の衣服地。
・幮(ちゅう):とばり、かや。
・枕簟:まくらと夏物の竹製の敷物。枕にかぶせた夏物の竹製の敷物。・簟(てん):たかむしろ。細く割った竹をむしろのように編んだ夏季用の敷物。
 ※紗幮枕簟:蚊帳と夏枕。李清照の醉花陰には「玉枕紗廚 半夜涼初透」とあり、南歌子には「涼生枕簟」とある。・紗廚:紗のカーテン。


《詞意》
夕刻になって雨を伴った涼やかな風が吹き、昼の暑さをさっぱりと洗い拭ってくれました。
笛を吹くのを止め収め、むしろ水面のヒシの花に向かい薄化粧を施しましょう。
赤い絹の薄い衣が透きとおる肌をみがくように撫ぜ、雪の肌はすべすべとやわらかいく香ります。
だんな様が「今夜の寝所はことのほか涼しいようだ」と笑って語りかけます。


| (清照補遺) | - | - | posted by 杉篁庵庵主 - -
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