宋詞鑑賞・李清照・朱淑真  下の●●目次●●からどうぞ。

| 七曜表 | ご意見 | ●● 目次 ●● | HP杉篁庵へのご案内 | このサイトについて |
19-武陵春・花已盡


  武陵春   李清照

風住塵香花已盡   (花=春)
日晚倦梳頭    (晚=晩・曉・落)
物是人非事事休
欲語淚先流    (淚=涙)

聞說雙溪春尚好 (說=説)
也擬泛輕舟
只恐雙溪舴艋舟
載不動
許多愁

      ( )内は異本
      (「春晚」「暮春」と題するもある)

《和訓》   
風住(や)み 塵香(かんば)しく花已に尽きて
日晩(たか)く 頭(こうべ)を梳(くしけず)るにも倦(ものう)し。
物の是なるも 人は非にして事事(ことごと)に休し
語らんと欲するに 涙の先(ま)づ流る。

聞説(きくなら)く 双渓(さうけい)の春尚ほ好(よ)かりと。
(ま)た 軽舟を泛(うか)べんと擬すに
只だ恐るるは 双渓の舴艋舟(こぶね)
載せて動かざるを
愁ひの多きばかりに。


《語釈》・風住:風がやむ。・住:止まる、止める。
・塵香:塵に香りが移ったこと、花が散ったこと。
・花已盡:花は散ってしまった。人生の峠を越えて感じる寂しさを歌った「花の色は移りにけりないたずらにわが身世にふるながめせしまに」(小野小町)と同意。美しい花(=若くて美しい容色)は散り尽きてしまった。
・日晩:日高くして。日が昇り朝でなくなってから起きる。
・倦:うむ。もてあます。
・梳頭:くしけずる。女性の朝の身繕い。
・物是人非:物是と人非は対。「年年歳歳花相似 歳歳年年人不同」(劉希夷「白頭吟」)(花は毎年同じように咲くが、人は毎年変わっていく)と同意。風物はそのままであり、人はそのようではない。
・事事休:万事休す。万策尽きる。もはやおしまいで、何をしてもだめ。
・欲語涙先流:話そうとすれと、言葉よりも涙が先に流れ出る。
・聞説:きくならく。聞くところでは。伝聞表現。
・雙溪:地名。浙江省金華の南。名勝地。
・也:もまた。「亦」。 
・擬:予定する。したいと思う。つもりである。「船遊びしたいが…」 ・泛:うかべる。 
・輕舟:軽くて速い舟。
・只恐:ただ、おそれるのは。
・恐:おびえる
・舴艋:〔さくもう〕小舟。
・「舴」「艋」ともに小舟。
・載不動:載せると動かない。載(はこ)べない。載せきれない。
・許多:あまたの。たくさんの。多く。多数。

《詞意》
風が止み、塵に香りは移って、花はすでに散ってしまいました。 
日が高くなってから櫛をいれる身繕いも物憂いことです。 
自然界は変わることがなくても、人の世は流転してやまず、もはやなすべきこともありません。
 
聞くところでは、双渓の春は、なかなか好いといいます。
小舟を浮かべて舟遊びでもしたいものですが、双渓の小舟は私の悲愁の重みで動かなくなってしまいはしないかと恐れます。

《鑑賞》 
夫亡き後の流浪生活、愛しい人に見せることも無くなったので、身繕いも遅くなり、哀しみを紛らわせるための酒量も増えていたことでしょう。生き甲斐を失くしたなかの倦怠感・悲愁が伺える詞です。
李清照の愁いのあまりの重さに舟も動かなくなるだろうという、そんな深い悲しみを詠んでいます。
・武陵春という詞牌について。・この詞牌は本意(本義)=詞意と合致。武陵とは洞庭湖の西方にある地名で、陶淵明の「桃花源記」に記される戦乱を逃れて来た人々が移り住んだ所から、「戦乱を避けた別天地の春」という意味になる。



| (李清照詞) | - | - | posted by 杉篁庵庵主 - -
<< 次ページ | 宋詞について | 前ページ>>