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20-醉花陰・重陽の節句


  醉花陰 九日    李清照
 
薄霧濃雲愁永晝  (雲=贐・陰)
瑞腦消金獣  (消=噴)
佳節又重陽  (佳=時)
玉枕紗廚   (玉=寶)
半夜涼初透  (涼=秋・愁)

東籬把酒黄昏後
有暗香盈袖
莫道不消魂
簾捲西風
人比黃花痩
 (比=似)(黃=黄)

      ( )内は異本
      (「重陽」「九月九日」と題するもある)

《和訓》一 (中田勇次郎の訓読)
   
薄く濃く霧立ち込むる日永をかこちつつあれば
金獣(ひとり)に燻(くゆ)る瑞腦も消え果てにけり
佳節は又 重陽となりぬ
玉の枕 薄衣(うすぎぬ)のとばり
身にしみとほる夜半(よは)の涼しさ

黄昏(たそがれ)ののち 東の籬(まがき)に酒を酌めば
夜の香は袖に溜まりぬ
寂しからずといはずもあらなむ
(すだれ)動かし 秋風吹きて
人は黄菊の花よりも痩せたり 
       
     集英社・漢詩大系二四巻の中田勇次郎の訓読による。
     
注・これだけは中田勇次郎の訓読が染み付いているので先ずこれを記す。

《和訓》二 (こちらは私の読み)

  花陰に酔ふ 九日
 
薄き霧 濃き雲に永き昼を愁ふるに
瑞腦は金獣に消え
佳節は又重陽となりて
玉の枕 紗の廚(とばり)
半夜に涼しさの初めて透る 

東の籬(まがき)に酒を把るは黄昏の後
(ひそやか)なる香の有りて袖に盈(み)
魂消えずと道(い)ふなかれ
簾捲く西風に
人は黄の花比(よ)りも痩せたるに 


《語釈》・薄霧濃雲:雲と霧のかかる光景であり、また心情でもある。
・永晝:孤独で、やるせなく永く感じられた昼間。一日を愁いに沈んで過ごした。
・瑞腦:香の名、香材。「浣溪沙」に「玉鴨硼簾凌韃」とある。
・金獣:獣を彫った金の香炉。
・佳節:めでたい節の日。ここは、重陽の佳節。 
・又:またもや。
・重陽:旧暦九月九日の節句。菊の節句。茱萸(しゅゆ=ぐみの実のこと)を袋に入れて丘や山に登ったり、菊の香りを移した菊酒を飲んだりして邪気を払い長命を願う節句。また、高き丘に登り、遙かな人を偲ぶともいう。
・玉枕:玉(ぎょく)のような枕。陶磁器の枕。
・紗廚:紗のカーテン。蚊帳の意もある。
・半夜:よなか。夜半。
・涼:涼気。・透:部屋の中の玉枕の元、紗廚の中まで涼気が入る。
・東籬:東の垣根。・把酒:酒を飲む。 
・把:とる。手に持つ。
・黄昏:たそがれ。たそがれになる。
・暗香:密やかなかおり。菊の花の香り。 
・盈袖:そでにみちる。
・莫道:いうなかれ。……なんて思わないで下さい。
・消魂:魂が消え入る。悲しみに心を失う。銷魂。 
・西風:秋風のこと。
・人:ここは、作者自身。
・比:…よりも。・黄花:菊の花。重陽の菊。庭に残る黄菊(残菊)
・痩:やせる。やつれる。憂愁のために身も心も疲れ果てたさまの比喩。

《詞意》
   離れ暮らす貴方を偲び、贈る歌

(結婚できたというのに、政争に巻き込まれて貴方とは別れての暮らし。行く末の定まらぬまま、独り残されて、徒に日々は過ぎていきます。)
雲は重く、霧が立ち込める(これからの見通しも立たない)日がな一日はやるせなく、
香炉から立ちのぼる香りもいつの間にか消え果て、時が虚しく過ぎて行きます。
いつしかまた、ひたすら貴方を偲ぶ菊の節句(九月九日)が巡り来ました。
夜にもなれば、気怠く横たわる枕辺に、薄衣のカーテンを通す涼気が殊のほかに身に沁みます。

黄昏の後まで、東の垣根の下で菊の花を眺め、菊の酒を酌みつつ、貴方を偲んでいましたので、
菊の花のほのかな薫りが袖に移り籠もっています。
哀しみはますます募って、どうして哀しみに沈まないなどと言えましょう。
簾は、吹く秋風に揺れ動き、
私はといえば、庭に残る黄菊の花よりもやつれ果てています。

《鑑賞》この詞は二〇代の終わり頃に中田勇次郎の読み方で朗読したレコードを聴いてはじめて知り、気に入ってしまったもの。その頃、むやみに女性に読んでもらっていた時期もあった。詞を知ったはじめでもある。
三十年ぶりに詞を読む気になったのもこの作品があったからといえる。
また、これほど「艶」な詩歌は他にないと思う。「会いたい!」という悶えにも似た想いが詠われている。
この詞は、別居時ではなく、夫に先立たれ、独り残されて過ごす日々に作られたとの説もある。いずれにせよ、いない夫を偲び、晴れない気分を「薄霧濃雲」と詠う。時は九月九日菊の節句。陶淵明の「飲酒 其五」の「采菊東籬下、悠然見南山」という一節に依って、菊を植えてある垣根の前に立ったのである。
また、杜甫の「登高」という七言律詩の後半の「萬里悲秋常作客、百年多病獨登臺、艱難苦恨繁霜鬢、潦倒新停濁酒杯(郷国を遠く去り、いつまでも旅人である。人生百年、その半ばもすぎ、病も多く得て、登高の佳節にも、たったひとりでこの高台にのぼっている。艱難の連続で鬢の毛は霜のごとく、酒を飲むこともやめることになった。)」と重ねて読むこともできる。
夫に想いを馳せるものの、夫は遙かな人となり、哀しみはますます募ってくる。どうして哀しみに沈まないと言えようか。秋風の中、私は残菊よりもきっとやつれ果てたことだろう。これを趙明誠死後の詞とすると悲痛すぎる。

 ・うすくこくうつろふ菊の籬(まがき)かなこれも千草の花とみるまで(草庵集・頓阿)


《訳詩》
 痩せたる花
霧の立つ雲厚き日のやるせなさ
(くゆ)らす(こう)も消えはてて
秋の節句のまた来たり
独り寝続く枕辺に
夜半の涼しさ沁み通る

黄昏(たそがれ)て東の(かき)に酒酌めば
ほのかな香り袖に満つ
(たま)消えずとは言うなかれ
(すだれ)動かす秋風に
菊より瘠せし我なれば


(追加更新09/9/30)


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