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39-滿庭芳・梅花落


 滿庭芳    李清照

小閣藏春
閑窗銷晝
畫堂無限深幽。
篆香燒盡
日影下帘鉤。
手種江梅更好    (更=漸)
又何必 臨水登樓
無人到
寂寥恰似 何遜在楊州。  (恰=渾)

從來
如韻勝  (如=知)
難堪雨藉   (堪=禁)
不耐風揉。  (揉=柔)
更誰家堙
吹動濃愁
莫恨香消玉減  (玉=雪)
須信道 掃跡難留。 (掃跡=跡掃)(難留=情留)
難言處
良窗淡月
疏影尚風流。
   
    ( )内は異本
    (詞牌を「滿庭霜」とするもある。「殘梅」と題するもある)

《和訓》
小閣は春を蔵し
閑けき窓に昼を銷す
画堂 限り無く深幽なり。
篆香 焼き尽くし
日の影 簾の鉤(かぎ)に下る。
手づから種(う)えし江梅(みずべのうめ)の 更に好ろし
又何ぞ必しも 水に望み 楼に登らむ
人の到る無く
寂寥 恰(あた)かも似たり 何ぞ楊州に在るに遜(ゆづ)らん

従来
韻に勝(すぐ)るる如きも (韻に勝(すぐ)るるを知るも)
堪え難きは雨の藉(みだれ)
耐えざるは風の揉(みだれ)。
更に誰が家の横笛ぞ
吹き動くは濃き愁ひ
恨む莫(なか)れ 香消え玉減するを
(すべか)らく信じ道(い)ふべし 掃跡の留め難きを。 (掃跡情を留むと)
言ふ処難し
良窓淡月
疎影 尚(な)ほ風流なるは。


《語釈》
・小閣:小さな閨閣(婦人の居室)・藏:蔵する。中に含みもっている。
・閑:ゆったりと落ち着いてしずかなさま。・銷:消す。日時を過ごす。暮らす。
・窗:窓。・畫(画)堂:絵画で飾った部屋。画室。アトリエ。
・深幽:ひっそりと静かで奥深い。
・篆香(てんこう):盤香のこと。渦巻状の香。
・手種:手ずから植える。あるいは親株の意か。
・江梅:庭の水辺の梅。あるいは梅の一品種の名、(種を遺しておけば野生で殖え、またの名を「直脚梅」「野梅」という。水際におもむきある。花はやや小さくして疎ら、痩せているので奥ゆかしい雰囲気がある。香は他種にくらべてもっとも清すがしく、実は小さくて硬い)。
・何必:必ずしも…するには及ばない。なんぞかならずしも…せむ。
・無人到:人の訪れがない。
・寂寥(せきりょう・じゃくりょう):ものさびしいさま。ひっそりしているさま。寂寞(せきばく)。
・恰似:まるで…にそっくりだ。まるで…のようだ。・遜 :ゆずる。劣る、及ばない。
・楊州:江蘇省揚州、名園の多い痩西湖をさす。
・從來:以前から今まで。・韻勝:風雅、幽雅。
・藉:乱れているさま。・揉:みだれまじる。
・堙:漢代の「横笛曲」にある「梅花落」という笛曲。
・掃跡:はらいきよめた跡。全く尽きて残るもののないさま。絶跡。(香や散った梅だけでなく夫をはじめ全てを失った想いが込められている)
・疏影:まばらな影。特に、枝のまばらな木の影。

《詩意》
小さな私の部屋は春の気配を留めて
ひっそりと翳る窓辺に昼を過ごしていました。
アトリエは この上ない静けさの中にあり
いつしか渦巻く香は 燃え尽きて
日の影が 簾の鉤(かぎ)にかかるころおい
手植えの江梅が 一層好い風情を見せています。
どうしてわざわざ 水に望み 楼に登ることがありましょう。
訪れる人もなく
ひっそりと静まりかえる様子は まるで痩西湖の庭にいるよう どうして楊州にいるのに劣るといえましょう。

昔から
風雅なものといわれますが
それでも雨がみだれ降るさまは堪え難く
風がみだれ吹くさまは耐えられないものです。
その上どこからか「梅花落」という笛の音が流れきて
濃い愁ひにつつまれます。
けれど香が消えてしまったことを恨むことはありません
言うまでもなく、みな残るものなく尽きて 全て留め難いのです。
さらに言い表わし難いのは
窓べの淡い月
まばらな枝の影がますます風流なことです。



| (李清照詞) | - | - | posted by 杉篁庵庵主 - -
38-孤雁兒・梅花三弄

 孤雁兒    李清照
  世人作梅詞、下筆便俗。予試作一篇、乃知前言不妄耳。

藤床紙帳朝眠起
說不盡 無佳思。
沈香煙斷玉爐寒   (煙斷=斷續)伴我情懷如水。
笛聲三弄
梅心驚破
多少春情意。

小風疏雨蕭蕭地
又催下 千行淚。
吹簫人去玉樓空
腸斷與誰同倚?   (與=有)
一枝折得
人間天上
沒個人堪寄。 

 (詞牌を「御街行」とするもある) 

《和訓》   
 世の人梅の詞となし、俗に就くと書き記す。予(私)の試みに作りし一篇にして、乃ち前言の妄ならざるを知るのみ。

藤の床 紙の帳 朝眠(ねむり)より起き
説きても尽きず 佳き思ひ無し。
沈香の煙り断ちて玉炉寒く
伴なへる我が情懐は水の如くに。
笛の声 三弄にして
梅心 驚破し
春の情意の多少(いかばかり)ぞ。

小風ふき 疏雨ふりて 蕭蕭たる地
又た催し下す 千行(ちすじ)の涙。
簫吹きし人も去りて玉楼空しく
腸断ちて 誰と同じく倚(よ)らむ?
一枝折り得て
人間(じんかん)天上
没して個人(ひとり)(た)えて寄る。



《語釈》・世人:世間の人。 ・下筆:書き記す。 ・便俗:通俗的。 ・予:私。 ・妄:根拠のない説。でたらめ。 ・耳:のみ。
・藤床:ふぢかづらでつくったベット。 ・紙帳:紙の帳(とばり)。・說不盡:(恨みは)言い尽くせない。不可能を表す。・説:言う。
・沈香:香木の代表とされるもの。沈水香。・情懐:心の中に思うこと。・三弄:「梅花三弄」という笛曲。極めて清楚で癒される曲。琴曲ともなる。曲調の前後を三度重複したので、“三弄”という。梅花の高潔、安穏、寒風と闘う様が奏される。 ・驚破:驚き破る。
・多少:どれほど、どれくらい。いくばく。多少は基本的に三種(どれほど。多くの。少しの。)に使う。ここでは、いったいどれほどか計り知れない、の意。
・疏雨:まばらに降る雨。
・蕭蕭:もの寂しく感じられるさま。雨や風の音などがもの寂しいさま。
・玉樓:立派なたかどの。玉は美称。
・腸斷:非常な苦痛。断腸の思い。「斷腸」と同じ。はらわたがちぎれるほどの、こらえきれないかなしみ。晋の桓温が三峡を過ぎたとき、従者が猿の子を捕まえた。母猿は、悲しみ、百里余もついて来たが、遂に死んだ。腹を割くと、母猿の腸がちぎれて死んでいたという故事からきている。
・倚:もたれる、よりかかる。  ・一枝:梅の一枝。 
・人間(じんかん):人の住む世界。 ・沒:没する。暗い気持ちになる。落ち込む。夫の死も暗示する。

《詩意》(世間の人はこの詞を梅の詞として、通俗的と書き記していますが、これは試みに作った一篇で、私もこの言葉が根拠のないでたらめな批評ではないことを知るばかりです。)

藤蔓のベット 薄紙の帳(とばり)の中で 朝 眠りより覚めましたが
やはり愁いは言い尽くせないほど深く、好い想いはわいてきません。
香木の煙りは消えていて美しい香炉は冷たくなっていますし
それに伴ってか私の心持もは水のように冷めていました。
聞こえてくる笛の音は 「梅花三弄」という笛曲
この曲に梅の心も 驚いたように開くのでしょう
春の想いがいったいどれほどのものか計り知れません。

春風がそっと吹き 春雨もまばらに降って 辺りはもの寂しいかぎり
寂しく辛い想いにまた私は果てることなく涙を流しています。
「梅花三弄」を吹いていた人も去って この高殿は空しいばかり
こらえきれないかなしみに 誰と心同じくして欄に身を倚せましょう?
梅の一枝を折りとって
この人の世と天の世の間にあって
暗い気持ちをただひとりこらえて身を寄せているのです。




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37-行香子・秋光

 行香子    李清照

天與秋光 轉轉情傷 
探金英知近重陽。
薄衣初試 儺多珪
漸一番風
一番雨
一番涼。


黃昏院落 淒淒惶惶
酒醒時往事愁腸。
那堪永夜 明月空床。
聞砧聲搗
蛩聲細
漏聲長。


《和訓》   
天に秋の光り
転転として情(おもひ)傷つき
(こがね)の英(はなぶさ)を探りて重陽の近きを知る。
薄衣(あきのうすぎぬ)を初めて試み
儺多靴燭望(あじは)ひしに
(やうや)う 一番風ふき
一番雨ふり
一番の涼しさ。

黄昏(たそがれ)の院落
凄凄惶惶(せいせいこうこう)として
酒醒むる時 往事(すぎしこと)の愁腸(うれひふかし)。
(なん)ぞ永き夜に堪えんや
明月の床に空し。
(きぬた)(たた)く声を聞き
(こほろぎ)の声細ければ
(も)るる声の長し。
 

《語釈》・轉轉:だんだん、いよいよ。うたた。心が深く感じ入るさま。もだえるさま。
・金英:ここは茱萸(しゅゆ)の実をさす。 ・英:花。はなぶさ。
・重陽:重陽の節句、九月九日。中国ではこの日、茱萸(日本では「春黄金(はるこがね)」、秋にはグミによく似た赤い実を付けることから「秋茜(あきあかね)」とよぶ)を袋に入れて(あるいは髪に茱萸の実を挿して)丘や山に登ったり、菊の香りを移した菊酒を飲んだりして邪気を払い長命を願うという風習があった。元は晩秋の頃の行事。
・儺臓Э啓髻新酒の表面が泡立ったようすを蟻の群れにたとえて。
・嘗:なめる。食べてみる、味をみる。
・漸:次第に、だんだん。ようやく。やっと。
・院落:塀で囲まれた中庭。
・淒淒:ものさびしく、いたましいさま。
・惶惶:不安なさま。おそれるさま。おどおどしている、びくびく落ち着かない。あわてる。
・往事:過ぎ去った昔のこと。
・愁腸:うれえ悲しむ心。愁心。
・那堪:なんぞ…に堪えん(や)。「那」は、なんぞ。いかんぞ。
・明月:曇りなく澄みわたった満月。・床:ベット。
・搗:たたく。(砧(きぬた)で)衣を打つ。 ・蛩:こおろぎ

《詩意》
空には秋の光りが満ちて
いよいよ心にしみて寂しい想いに傷つくばかりです。
茱萸の実の実りを見ると重陽の節句の近いことが知られます。
秋の涼しさに、薄衣を初めて重ね羽織ってみます。
儺造良發ぶ新酒を初めて味わってみます。
ようやく 秋一番の風がふき
一番の雨がふり
一番の涼しさがおとずれました。

たそがれの中庭は
わびしく心もとなく
お酒が醒めた時は 過ぎにしことを思って愁いに沈んでおりました。
どうして秋の永い夜に堪えられましょう
明るい月影が寝所に虚しく射し込んで
砧(きぬた)で衣を打つ音を聞くなかに
こほろぎの声が細やかに響きます。
この寂しさに思わずもれる私の嘆きも絶えることがありません。 



| (李清照詞) | - | - | posted by 杉篁庵庵主 - -
36-行香子・七夕

 行香子 七夕   李清照

草際鳴蛩 驚落梧桐
正人間 天上愁濃。
雲階月地 關鎖千重。 (地=色)
縱浮槎來 
浮槎去
不相逢。


星橋鵲駕 經年纔見 (鵲=鶴)(纔=才)
想離情 別恨難窮。 (別=離)(恨=離)(難窮=無窮)
牽牛織女 莫是離中。
甚霎兒晴
霎兒雨
霎兒風。
 

《和訓》   
(ぎわ)(こおろぎ)鳴き
驚き落つるは梧桐
正に人間(じんかん)天上愁ひ(こまや)かなり。
雲の月と地を階するも
関鎖(とざ)すこと千重(せんちょう)
(たと)い浮かぶる(いかだ)の来るも
浮かぶる槎の去りて
相逢はず。

星の橋 (かささぎ)(かご)
年を経て(わずか)に見るも
離情を想ひて、別れし恨み窮まり難し。
牽牛織女
是れ離れしや、(あひ)しや。
(なん)霎児(しばし)晴れ
霎児(しばし)
霎児(しばし)風。 
 


《語釈》・蛩:いなご、こほろぎ。蟋蟀。
・梧桐落:アオギリやキリの葉が落ちる。凋落を暗示する語。「桐一葉落ちて天下の秋を知る」他の木より早く落葉する桐の葉一枚から秋の来たのを知ること。
・人間(じんかん):人の住む世界。世間。
・天上:天人の世界。天上界。天上にあるという世界。
・天上人間:天上世界と人間世界。あの世とこの世。絶対に行き交うことができない異なった世界。白居易の「長恨歌」に「但教心似金鈿堅 天上人間會相見」とある。また、この詞はこの中の「七月七日長生殿 夜半無人私語時 在天願作比翼鳥 在地願為連理枝」をも踏まえている。
・階:きざはし。はしご、はしごをかける。「雲階月地」は「月と地上を繋ぐ雲のはしごをかける」ことをいうのであろう。
・関鎖:門戸の錠や鍵、そのしまり。・関鎖千重:幾重にも閉ざされている。
・縱:たとえ…でも。よしんば。もし…だとしても。仮に。
・槎:いかだ。『博物志』にある七夕伝説による。海(黄河)と天上を行き来するいかだ。補注参照。
・星橋:天の河。 ・鵲:かささぎ。
・鵲駕:「鵲の橋」「かささぎの渡せる橋」と同様、七夕に、牽牛(けんぎゆう)織女の二星を会わせるためカササギが翼を並べて天の川を渡すという。男女の仲を取り持つものの意にもいう。
・纔:才。わづかに、やっと。かろうじて。やっとのことで。
・莫是:おそらく……だろう、憶測。……あらずや、反問。
・中:あたる。あう。 ・甚:なんぞ。(何)。正に。
・霎兒:「霎時」の通用。・霎時:すこしの間、しばし。瞬間。・霎:こさめ(小雨)。極めて短い時痢 

《詩意》
秋の茂る草の際で、こほろぎが鳴いています。
その声に驚き落ちるように大きな梧桐(あおぎり)の葉がはらと散ります。
人の世も天上の世界も愁ひが深まるばかりです。
雲が月と地の間にはしごをかけるようにかかっていますが、
死後のあなたのいる天上界との間の門は幾重にも堅く鎖されたままです。
よしんばいかだを浮かべて夫が来たとしても
その浮かんだいかだは去りゆくばかり
互いに逢うことはないのです。

天の河にかささぎのつくる駕がかかるのを
年を経てようやくの思いで見ていますが
離されている情を想うと、私の夫と切り離された恨みは果てることはありません。
牽牛と織女は
会えたのでしょうか、それとも離れ離れ?
ああなんとこの七夕は、しばし晴れ
またしばし雨
またしばし風!

《鑑賞》
夫趙明誠は病たおれこの世を去った。一人取り残された心痛を、七夕伝説を借りて怨み、慕い合うせつなさを訴えています。

《補注》
『博物志』にある伝説。海辺にいた張騫が、毎年八月になると流れて来る筏(いかだ)に乗って旅立つと、始めは月や星や太陽が巡るのが見えていたが、そのうち轟々(ごうごう)として昼夜の区別がつかなくなり、やがてとあるほとりに辿り着く。そこには、牽牛と織女という人がいて、牽牛は牛に水を飲ませ、織女は機を織っていた。「ここは何処か」と尋ねると「天の河だ。帰って成都の厳君平という星占いに聞くがよい。」との答えが返ってきた。のちに占い師に聞いてみると、確かに見知らぬ星が牽牛星に近づくのが見えた、という。
(これはまた、西域探検した張騫が黄河源流を探った話として伝わる。『今昔物語』にもある。)


《訳詩》
  七夕に
草の葉陰に蟋蟀(こおろぎ)鳴きて
桐の葉落つる秋となり
かの天国も人の世も愁いの繁く
月に架かれる雲あれど千重(ちへ)に閉ざさる

たとへ小舟を浮かぶるも
漕ぎ行く先も見えぬまま
相会ふことは難からむ

かささぎの渡せる橋の天の川
年に一度の逢瀬なれ
離れし辛さ別るる恨み限りなく
会ひて別るる七夕の夜は

しばし晴るるや
しばし雨降り
しばし風吹く


(追加更新09/10/2)

| (李清照詞) | - | - | posted by 杉篁庵庵主 - -
35-〔歹帶〕人嬌・梅開有感

 殢人嬌
  後亭梅開有感    李清照  
玉瘦香濃
檀深雪散
今年恨探梅又晚。   (又=較)
江樓楚館
雲間水遠。
清晝永
憑欄翠帘低卷。

坐上客來
尊前酒滿      (前=中)
歌聲共水流雲斷。
南枝可插
更須頻剪      (更=便)
莫待西樓  (=莫待直西樓・莫直待西樓)
數聲羌管。
  
(此首一作無名氏詞、見《梅苑》卷九) 

《和訓》   
  後亭に梅開きて感ずること有り
玉痩せたれど、香の濃く
檀深くして、雪散りぬ
今年探梅の又晩(おそ)きを恨む。
江楼の楚館
雲間に水遠し。
(すが)しき昼永(ひなが)
欄に凭(もた)れて、翠簾(すいれん)を低く卷く。

坐上に客来たり
尊前に酒滿ちて
歌声と共に水流れ雲や断つる。
南枝挿すべし
更に須(すべから)く頻(しき)に剪(き)るべし
西楼に待つ莫れ
数声の羌の管(ふえ)を。

(此の一詞、一に無名氏の詞となす。《梅苑》の卷九に見ゆ) 

《語釈》・玉瘦:李清照の「臨江仙 梅」に同様の表現があり、そこでは「玉瘦檀輕」として使われている。ここは二句にまたがって「玉檀瘦深、香濃雪散」(玉檀の痩せしが深くして、香の濃くして雪散りぬ)の意。・玉檀:(玉は美称)。檀は栴檀(せんだん)。栴檀(白檀 びゃくだん)は発芽したばかりの二葉の頃から早くも香気を放つ。ここは「檀」を名木の意で用い梅の木をさす。
・江楼:川沿いの高殿。
・楚館:楚の地(湖北省から湖南省を含む地域)風の建物・店。「秦樓楚館」は妓院(遊女屋・遊郭の色茶屋)をさす。
・晝永(ひなが):春になって、昼間が長く感じられること。また、その時節。
・翠帘(簾):青緑色(エメラルドグリーン)のすだれ(カーテン)。
・坐上:江上、席上のような上の用法。 
・尊:中国古代の酒器。開いた口と膨らんだ胴、末広がりの台をもつ。
・南枝:南方に伸びた枝。日のよくあたる枝。ここは梅の花の咲いている枝。
・須:すべからく。すべくあらく(すべきであることの意)の約。下に「べし」をともなう。当然。
・頻:度重なること
・西樓(楼):城楼。城に作られた物見やぐら。
・羌(きよう):青海を中心に住む中国西北辺境の遊牧民。五胡の一。
・管:管楽器。笛。・羌管:羌の曲(胡歌)を奏でる羌笛。胡笳羌笛。西域から伝わった笛の音。 

《詩意》
梅の若葉は芽生えたばかり、
香り濃く葉を茂らせていますが、
まだ雪の散る中、
今年もまた梅を探るのが遅くなることを恨みます。
川辺の高殿に登ってみますと雲たれて水は遠く天に連なっています。
さわやかで気持ちがよい春の一日を
欄干(おばしま)にもたれ、青緑の簾を少し巻いて過ごします。

訪ね来る人があり、
盃にお酒を満たし、
歌を歌っておりますと、いつの間にか水の流れに雲も憂さもはれていきます。
さあ、梅の咲く枝を簪(かさし)にさしましょう。
もっと梅の枝を切って飾りましょう。
西の高殿に寂しい胡歌を奏でる笛の音が流れるのを待つことはありませんでしょう。
・「臨江仙 梅」と同趣の詞である。
(此詞は《花草粹編》巻七、《歴代詩餘》巻四十三、倶に李清照詞となす。《梅苑》巻九には作者姓名標さず。)



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34-漁家傲・寒梅

 漁家傲    李清照

雪裡已知春信至
寒梅點綴瓊枝膩
香臉半開嬌旖旎
當庭際
玉人浴出新妝洗

造化可能偏有意
故教明月玲瓏地
共賞金尊沉儺
莫辭醉
此花不與群花比


《和訓》   
雪の(うち)に (すで)に春信の至れるを知る。
寒梅を点綴(てんてい)して瓊枝(けいし)(つややか)なり。
香れる(かんばせ)半ば開きて嬌として旖旎(しなやか)なり。
当に庭際に
玉人浴み出で 新たに(よそほ)ひ洗ふ。

造化 能く偏へに意有るべし
故に明月 玲瓏の地を教ゆ。
共に 金尊に緑蟻(りょくぎ)沈むるを賞せん。
酔ふを辞すること莫れ
此の花 群花に比せざれば。


《語釈》・春信:春の便り。春の訪れ。
・寒梅:寒中に咲く、早咲きの梅。雪中に咲く寒梅は万花の魁(サキガケ)といわれる。
・点綴(てんてい):点を打ったように、物がほどよく散らばること。また、散らばっている物をほどよく綴(つづ)り合わせること。てんてつ。てんせつ。
・瓊(けい):美しい玉(ぎよく)、美しい物。 
・膩(じ・に):あぶら。つるつるした。
・臉(けん):顔、表情。 ・嬌(きょう):なまめかしい、 愛くるしい。
・旖:(景色が)美しい。 ・旖旎:ひらひらなびきはためく。しなやか。
・妝:粧と同じ。(女性の)装飾、化粧。
・庭際:庭の中。際は端、内側。
・玉人:玉のように美しい人。美人。また、人格の高潔な人。ここは梅花を喩える。さらに自身をも重ね暗示するか。
・造化:大自然、造物主。 ・明月:晴れた夜の、美しく光り輝く月。また、名月。
・玲瓏:玉などが透き通るように美しいさま。また、玉のように輝くさま。
・教:(使役動詞)…させる。「玲瓏な明月が輝き大地を照り輝かさせる」の意。
・金尊:金製の中国古代の酒器。 ・緑蟻:醸したての酒の表面に酒滓が浮いて緑色を呈する。緑の蟻と見える酒滓(さけかす)。新酒の異名。
・此花:寒梅。ともに飲み交わす相手である自分をも暗示するか。・群花 群をなした花。他の花々

《詩意》
雪はまだ消えないのですが、すでに春がやってきたことが知られます。
それは梅の枝に点々と膨らみ始めている蕾のつややかさに表れているのです。
香り豊かな梅の蕾は半ば開き始めていてなまめかしくしなやかです。
それはまさに美しい人が湯浴みして化粧を新たにし庭先に出で立ったようです。

自然はただただ春のこころを顕しうるのです。
ですから、明るい月の下に玉のように輝く庭を見せてくれるのです。
一緒に趣きある盃に新酒を満たして、この春をたたえ楽しみましょう。
酔ってしまうのを躊躇(ためら)うことはありません。
この寒梅(私)の美しさは他の花とは比べ物にならないのですから。



《訳詩》
 寒梅に
雪消えざるも春来たり
枝の蕾のつややかに
薫る(かんばせ)(なまめ)きて
()みて化粧の新たしき

晴れたる空に月白く
照り輝ける庭に出で
共に杯満たしてむ
この花こそは美しと


(追加更新09/10/3)

| (李清照詞) | - | - | posted by 杉篁庵庵主 - -
33-漁家傲・何処に帰るや

 漁家傲    李清照

天接雲濤連曉霧
星河欲轉千帆舞
彷彿夢魂歸帝所
聞天語
慇懃問我歸何處。

我報路長嗟日暮  (嗟=磋)
學詩漫有驚人句  (漫=謾)
九萬里風鵬正舉
風休住
蓬舟吹取三山去。


      ( )内は異本
      (「記夢」と題するもある)

《和訓》   
天は雲濤に接し 暁霧に連なり
星河 転ぜんと欲して 千帆 舞ひて
彷彿たる夢魂 帝所に帰す。
天語を聞くに
慇懃に我に問ふ 何処に帰るや と。

我は報ず 路長く日の暮るるを嗟(なげ)
詩を学ぶに 漫(みだり)に人を驚かす句有り と。
九万里の風 鵬(おほとり) 正に挙げんとす
風 住(や)む 休(なか)
蓬舟 吹き取(え)て 三山へ去らむ。


《語釈》・濤:波。 
・連曉霧:雲の大波が、夜明け時のたちこめている霧に繋がっている。 
・星河:銀河。
・千帆舞:多くの星が舞うが如くに輝く。・帆:ここは船の意で星の比喩。
・彷彿:ぼんやりとして明らかでないさま。
・夢魂:夢の中にある魂。夢を見ている魂。
・歸:もとの所へもどる。夢魂が、空を翔け上り、天宮へ行き、天帝の話しかける声を聞く。
・帝所:天帝の居るところ。天宮。
・天語:天帝の声。
・殷勤問我:優しく丁寧にわたしに尋ねかける。
・歸何處:いづこへ かえるや。どこへもどっていくのか。
・報:こたえる。 ・嗟:歎息する。嘆く。
・學詩:詩を学ぶ。詩を勉強して。
・漫:自分勝手であるさま。軽率に。むやみやたらに。
・驚人句:人を驚かすような(秀逸な)作品。
・九萬里風:雄大な風。
・鵬:「荘子」逍遥遊に見える鵬(ほう)という巨大な鳥。
・休住:やむな。休:…をやめよ。…するな。
・住:やむ、停止する。
・蓬舟:さすらう小舟。粗末な舟。李清照(の夢魂)の乗る舟。
・吹取:吹得。
・三山:勃海にあるという神仙の住む蓬莱、方丈、瀛州の三神山。 

《詩意》
大空を見上げると、雲の大波が、明け方、ぼんやりと明るくなってきた霧のかかる空に、波を打ち寄せるように浮かんでいます。
銀河がうねるあたりでは、多くの船(星)が舞うが如くに輝いています。
ぼんやりと夢を見ている私の魂は今天宮へ帰っていきます。
すると、天帝の声が聞こえ、
優しく丁寧にわたしに尋ねかけます。どこへもどっていくのか、と。

わたしは こたえていました。
人生の道のりは遥かなのに、もう日暮れが迫っていることを嘆いています。
詩を勉強しても、むやみに奇想天外な句のみが残されているばかりです。(作者の鬱屈した心情の表れでしょうか。李清照は、詩作には、自信があっても、そのことについては、報われていない、ということを訴えているのでしょうか。)
鵬(ほう)よ、雄大な風を挙げてください。わたしは、それに乗って、高く大きく飛翔したいのです。
私の夢魂の乗っている蓬舟にその風を受けて、神仙の住むといわれている蓬莱、方丈、瀛州の三神山へ行きたいのです。
(夫趙明誠が罷官された後、青州にいたときの作。「夢」を記し、豪放な風格の詞といわれる。) 



 
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32-蝶戀花・やつれしおれて

  蝶戀花

   上巳召親族    李清照

永夜懨懨歡意少
空夢長安
認取長安道。
為報今年春色好
花光月影宜相照。

隨意杯盤雖草草
酒美梅酸
恰稱人懷抱。
醉裡插花花莫笑
可憐人似春將老。


《和訓》   
  上巳に親族を召して
永き夜を懨懨(やつれしおれ)て 歓意(たのしきこころ)少なし。
空しくも夢にみたるは長安(みやこ)なりて、
長安道(みやこおおじ)を認め取る。
今年の春の色好ましきを報ぜらるるに
花の光 月の影 宜しく相照らすべし。

意に随ひし杯盤の 草草と雖も
酒美(うま)く 梅酸(す)きに
(あたか)も人の懐かしみて抱けると称せり。
酔ひの裡(うち)に花を挿すも、花笑ふ莫(なか)れ。
憐れむべしぞ、人 春の将に老いたるに似るを。
 

《語釈》・上巳(じょうし):五節句の一。上巳の節供旧暦(陰暦)三月三日、重三(ちょうさん)の節供。中国古代では、上巳の節句に河で禊ぎを行い、汚れを落とし(「上巳の祓(はらえ)」)、その後に宴を張る習慣があった。
・懨懨:病み衰えている、憔悴しきったさま。げっそり。
・歡:勢い盛んな、元気な。喜ぶ、楽しむ。 
・歡意:喜び好む気持ち。
・認取:認得。 
・長安:ここは都の意。北宋の都汴京(べんけい・現開封)。
・春色:春の景色。春景。春の気配。 ・花光:花の輝くほどの美しさ。
・杯盤:酒食、宴席。 ・草草:いい加減。簡略。粗末。そそくさとした。
・梅酸:梅が酸っぱくおいしい。酸梅(=干していぶした梅の実)で醸造した酒。
 故事成語に「梅酸渇を休む」(代用の物でも一時はまにあわせの役にたつこと。魏の武帝(曹操)が軍隊を引き連れて道に迷い、水がなくてかわきに苦しんだ際に、前進すれば実のなった梅林があってかわきをいやすことができると励ますと、士卒は梅と聞いて口中につばが出て進むことができた故事による)がある。
・恰(あたかも):ちょうど。まるで。ちょうどその時。
・稱:ぴったり合う。酒はつらい苦しみの胸のうち(=懐抱)にぴったり合う。
・人:自分、ここは夫をも想起しているか。
・懐:懐(なつか)しむ。・懐抱:胸中にいだく思い。
・醉裡:酔ったままに。 ・裡:「そのような状態のうちに」の意
・插花:生け花をいける。花を髪飾りとして挿す。 
・憐:哀れむ、いとおしむ、愛する。
・人:ここは自分。 
・將:将(まさ)に。ちょうど今。疑いもなく。確実に。  

《詩意》
  上巳の節句に親族を呼び招く
春の永い夜、都を遠く離れやつれ萎れていて たのしいこころも湧きませんが、
空しいながらも長安(みやこ)を夢にみました。
夢で都大路の様子を懐かしく見ることができたのでした。
今年の春景色がとても素晴らしいと知らせがあります。
花のまばゆいばかりの美しさ 月の影 それぞれが照らしあってとても宜しいのでしょう(私は見ることも出来ませんのに)。

節句の宴席は 粗末ではありましても、私の思いのままですから
お酒もおいしく、梅の酸っぱさもちょうど好く
私のつらい苦しい胸のうちにぴったりで、まるで懐かしいあの人の包まれているよう。
酔うままに花を髪に挿してみますが、花よ笑うことはありません。
私はまるで老いてしまった春のようだと、どうぞいとおしんでください。


・建炎三年(1129年)の作で、「春将老」を「国将亡」の暗喻とし、南渡の恨みを詠う力作との解説があります。
 国の滅亡が日に日に顕著な中、前年夫の建康(南京)赴任に従い、迎えた春は確かに彼女にとって、「不愉、歓意甚少」の世情でした。この年はここから→池陽5月→衛→洪州と逃げ、洪州で蔵書のほとんどを失い、8月には夫をなくし、葬儀の後、病むという大変な年でした。
 こうした政治的状況にあわせて読むのではなく、もっと後の夫亡き後の作(1135年)として読む人もいます。ここではこちらによって読んでいます。




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31-蝶戀花・四疊陽關



  蝶戀花   李清照

 昌樂館寄姊妹  (姊=姐)
      (晚止昌樂館寄姊妹)
淚濕羅衣脂粉滿  (=泪揾征衣脂粉暖)
四疊陽關     (四=三)
唱到千千遍。   (唱=聽)(到=了)
人道山長山又斷  (山又斷=水又斷)
瀟瀟微雨聞孤館。

惜別傷離方寸亂
忘了臨行
酒醆深和淺。   (醆=盞)
好把音書憑過雁   (好=若)(把=有)
東萊不似蓬萊遠。

      ( )内は異本

《和訓》   
 「昌樂館にて姉妹に寄す」
涙 羅衣(うすぎぬ)を湿(ぬら)して 脂粉(べにおしろい)に満つ。
四畳の「陽関(わかれうた)
唱ひて千々遍に到る。
人の道(い)ふなり 山長く山又た断(へだ)てて
蕭々たる微雨 孤館に聞く、と。

別るるを惜しみ離るるを傷みて方寸(こころ)乱る。
(たびゆく)に臨みては
酒盞(さかずき)の深きも浅きも忘れたりき。
(よろ)しく音書を把りて過雁に憑(たの)めば
東莱は蓬莱のごとくは遠からざらめ。


《語釈》・濕:ぬらす。しめらす。水気を帯びる。
・羅衣:薄絹(うすぎぬ)で仕立てた着物。
・脂粉:紅(べに)と白粉(おしろい)。
・四疊陽關:別れの歌を繰り返す。参考参照。・疊:繰り返すこと。
・陽関:中国甘粛省西部、敦煌の南西にあった関所。前漢時代に設けられ、北にある玉門関とともに西域に通じる交通の要地をなした。
・道:言う、話す。
・瀟瀟:うらさびれた、蕭(しよう)条たる。ひっそりともの寂しく。
・微雨:小降りの雨。小雨。
・方寸:心。心の中。心中。胸中。
・了:動詞や形容詞の後について、動作なり変化なりの完了を表わす。
・行:旅、遠出すること。
・障蛛Fさかずき。
・音書(いんしょ):便り。手紙。音信。
・憑:頼る、すがる。寄りかかる、もたれる。
・好:よし、そうしよう。
・東萊:山東省莱州。
・蓬萊:古代中国で渤海湾に面した山東半島のはるか東方の海(渤海とも言われる)にあり、不老不死の仙人が住むと伝えられる。 

《詩意》
「姉妹との別れの際に」

別れを惜しむ涙は流れ止まず、薄絹の衣を濡らし化粧を崩してしまいました。
送別の歌を繰り返し繰り返し唱って、もう数え切れないほど。
別れて青洲に向かえばそこは連なる山の果て、そこは山を隔ててあまりに遠く、
しとしと小雨の降る音を物淋しく独り聞き入ることになるのですとあなたは言いますが‥‥

別れを惜しみ離れ離れになることの痛みに、心は千千に乱れます。
旅立つに臨んで
その辛さに杯を重ね、どれほど飲みましたものやら。
きっと手紙は書きます。季節に渡り行く雁にすがれば、
私がこれから向かう山東の莱州とても仙人の住む蓬莱山ほどに遠いということはないでしょう。
(李清照が独り莱州に赴く時、姉妹のいる昌楽県に寄って別れを惜しんだ時の詞)

《参考》四疊陽關。これは、王維の詩「送元二使安西(元二の安西に使いするを送る)」による。惜別の情をよく歌ったている詩として現代でも送別の宴で「送元二使安西」を歌うことがある。その際、結句の「西出陽関無故人」を三回繰り返して歌うことで「陽関三畳」といわれる。日本では、「西のかた陽関を出づれば故人なからん。なからん、なからん、故人なからん」というように繰り返している。ここでは、四回繰り返し別れを惜しむ気持ちを詠っていると思われる。
 渭城朝雨浥輕塵  客舍青青柳色新  
 勸君更盡一杯酒  西出陽關無故人  
 渭城(いじょう)朝雨(ちょうう) 軽塵(けいじん)(うるほ)
 客舎(かくしゃ) 青青(せいせい) 柳色(りゅうしょく)(あら)たなり
 (きみ)(すす)(さら)()くせ一杯(いっぱい)(さけ)
 西(にし)のかた陽関(ようかん)()づれば故人(こじん)なからん
友人の元二が安西に赴くとき、「渭城」の街まで見送りにきて送別の宴を開いたその翌朝、いよいよ出発という時を詠んだもの。
 渭城の朝の雨は道の埃を落ち着かせ
 旅館の柳も青々と生き返ったようだ
 さあ君、もう一杯やりたまえ
 西方の陽関を出てしまえばもう酒を交わす友もいないのだから


《訳詩》
ソネット(十四行詩)にしてみました。

  別れる昼に
袖を濡らす涙が流れやまないまま
数えきれないほどに別れ歌を唱います
独り行くのは連なる山の果て
いくつの河が隔てるでしょう

しとしとと降る雨の音を独り聞くのは
さびしいものとあなたは言いますが
別れを惜しみ離れ離れになる痛みに
心は今も千千に乱れています

この別れに臨んで
杯をどれほど重ねようと
辛い思いが消えるわけでなくとも

これから行く先はあの世ほどに遠くはなく
過ぎ行く雁に手紙を託せば
きっときっとあなたに届くでしょう


(追加更新09/10/2)
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30-蝶戀花・春心動

  蝶戀花   李清照

暖日晴風初破凍   (日=雨)(晴=和)
柳眼梅腮    (=柳潤梅輕)
已覺春心動。
酒意詩情誰與共
淚融殘粉花鈿重。 (淚=涙)

乍試夾衫金縷縫  (衫=衣)
山枕斜欹     (斜欹=欹斜)
枕損釵頭鳳。
獨抱濃愁無好夢
夜闌猶翦燈花弄。
    
   ( )内は異本
   (「離情」「春懷」と題するもある)

《和訓》   

  蝶恋花
暖日晴風初めて凍(こほり)を破る。
柳の眼 梅の腮(うなじ)
(すで)に春を覚えて心動かす。
酒意詩情は誰れ与(と)共にせんか
涙 残れる粉(おしろい)を融かせば 花鈿(はなかざり)の重し。

(はじめ)て金縷縫(きんのぬいとり)ある夾衫(はるのうわぎ)を試みしに、
山枕(まくら) 斜(ななめ)に欹(かたよ)すれば、
枕は釵頭(かざし)の鳳(おおとり)を損(か)けり。
独り濃き愁ひを抱きては好しき夢も無く、
夜闌(おそ)くして猶(な)ほ燈花を翦(き)りて弄(もてあそ)ぶ。


《語釈》・凍:凍る、氷。・柳眼:柳の新芽。
・梅腮:梅の蕾のふくらみ。・腮:あご、おとがい(うなじ、頬)。
・已:既に、早くも。・覺:感じる、感知する。
・酒意:ほろ酔い気分、微醺(びくん)。酔気。
・詩情:詩を作りたくなるような気持ち。詩にみられるような趣。
・與: …と、…に。…とともに、…のままに。
・花鈿(かでん):花子花鈿。花子(かし)のごとく蓮花、木葉、雲形などの五色の紙を顔面(額)に貼布する化粧法をいう。「重し」は気分が重く、貼り付けた紙のうっとおしさを言う。また、これを、「螺鈿の花かんざし。婦人の頭の装飾品。」として、そのものが「重し」ともよめる。
・乍:*しばらく*たちまち(忽)*にはかに(猝)*はじめて(初)。
・夾衫(きょうさん):あわせの長上着。合い着。単衣の着物をあわせきる。
・金縷縫(きんるしゅう):金の糸、また金色の糸でしたぬいとり。
・山枕(さんしん):両端が高くなっている枕。 ・斜欹(しゃき):ななめにかたよせる。・欹:そばだつ、かたむく、かたよせる。 ・損:そこなう。こわす。 ・釵頭鳳(さとうほう):簪の頭部に彫られた鳳凰の飾り。
・闌:(1日などの区切りの)終わりに近い、遅い。夜更けに。疲れ果てた。
・猶:なお。さらに。やはり。まだ。 ・翦:きる。鋏で切る。
・燈花:「丁子頭(ちようじがしら)」灯心の燃えさしの頭にできる、チョウジの実のような丸いかたまり。 ・弄:もてあそぶ。 

《詩意》

温かい日の雲のない晴れ渡った風がこの春初めて氷を融かしました。
柳の新芽、梅の蕾のふくらみ、
この様子に早くも春の気配を覚えて心動かしています。
春を喜ぶお酒に酔う気分や詞を作りたくなる気持ちを誰と共にしたらいいでしょう。
一人寂しく流す涙は残った化粧のおしろいを流し、顔に貼る花子も濡れて気分を損なうのでした。

春の気配に早速金糸の刺繍のある春らしい着物を出して着てみましたが、
斜めに片寄せた枕が転がって
抜いていた簪の飾りの鳳凰の彫像を欠いてしまいました。
取り残されて独り、濃い憂いを抱いて眠れぬまま、夢見ることもなく、
夜更けに疲れ果ててなお、灯心を切って物思いにふけるばかりです。

(結婚して間もない頃、夫と遠く離れることとなった寂しさを詠ったもの)




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