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29-臨江仙・梅



  臨江仙   李清照

 梅

庭院深深深幾許
雲窗霧閣春遲
為誰憔悴損芳姿。   (損=瘦)
夜來清夢好
應是發南枝。

玉瘦檀輕無限恨
南樓羌管休吹。
濃香吹盡有誰知    (吹=開)
暖風遲日也
別到杏花肥。
   (肥=時)
    ( )内は異本

《和訓》
庭院(おくにわ)の深深(しんしん)と深きこと幾許(いかばかり)ぞ、
雲かかる窓 霧かすむ閣(たかどの)に春の遅く、
(た)が為に憔悴(やせおとろへ)て芳しき姿を損なうや。
夜来の清き夢の好(よろ)しきは、
(まさ)に是れ南枝より発すべし。

玉檀の痩せて軽く 恨みの限りなければ、
南楼に羌(きよう)の管(ふえ)吹くを休(や)めむ。
濃き香り吹き尽くるは誰ぞ知るらむ、
暖き風ふく遅日(ひなが)なればや
別到(おもむきふか)く杏(あんず)の花肥ゆ。
 

《語釈》・副題に「梅」とある。前聯に梅の香を詠み、後聯に栴檀の香と、杏梅を梅そのものとして詠んでいる。
・憔悴:病気や心痛のために、やせおとろえること。やつれること。
・損:損なう、傷つける。 ・芳姿 :美しい姿。若くかぐわしい姿。 
・夜来:昨夜以来。 また、数夜このかた。
・玉瘦檀輕:玉檀瘦輕。・玉檀:(玉は美称)。檀は栴檀(せんだん)、楝(おうち)。香木。暖地に自生、また庭木・街路樹とする。枝先付近に大形の羽状複葉を互生。初夏、紫青色の小花を円錐状につけ、晩秋、黄色い楕円形の実がなる。「栴檀は双葉より芳し」というように栴檀は発芽したばかりの二葉の頃から早くも香気を放つ。ここでは「梅の木」をさすか。
・南楼:南にある高殿。
・羌(きよう):青海を中心に住む中国西北辺境の遊牧民。五胡の一。
・管:管楽器。笛。・羌管:羌の曲(胡歌)を奏でる羌笛。胡笳羌笛。
・休:休む、休息する。停止する、やめる。…するな、…してはいけない。
・暖風:暖かい風。春風。 ・遅日:容易に暮れない春の日。日永。
・別到:風変わりな趣、おつなおもむき。
・杏花:アンズの花。春、葉より先に梅に似た花が咲く。花は淡紅色、一重または八重。花が終わるとウメと見分けがつきにくい。ここは中国の梅「杏梅」をさすか。
・肥:(「瘦に対する)蕾を膨らませる。 

《詩意》
庭は幾重にもひっそりと奥深く、このひっそりとした深さは幾許でありましょう。
雲や霧で包まれた窓や高殿には春の景色の移ろいは遅く、
一体誰の為にこんなにもしょんぼりしなくてはならないのでしょう、私は若くかぐわしい姿をすっかり失ってしまいました。
それにしても昨夜来見る夢は清清しく好もしいものでしたが、
これはきっと南の枝に咲き始めた梅の花の香りによるのでしょう。

庭の栴檀(梅)の若葉はまだ痩せて軟らかく、私の物思いはいつ果てるものとも思えぬままです。
南の高殿に流れていたもの寂しい胡歌を奏でる笛の音も止みました。
漂っていた濃い梅の香を春風が吹きつくしたのを誰が知っていましょう。
温かな風は春の日永吹き続いていますが、
よく見れば別の趣を持って杏の花が咲こうとしているのでした。

《参考》古詩「胡笳歌」〔送顔真卿使赴河隴〕岑參
君不聞胡笳聲最悲、紫髯儡禪嫂与瓠
吹之一曲猶未了、愁殺樓蘭征戍兒。
涼秋八月蕭關道、北風吹斷天山艸。
崑崙山南月欲斜、胡人向月吹胡笳。
胡笳怨兮將送君、秦山遙望隴山雲。
邊城夜夜多愁夢、向月胡笳誰喜聞。
 「胡笳の歌」 〔顔真卿の使ひして河隴に赴くを送る〕 
 君聞かずや 胡笳の声 最も悲しきを           
 紫髯 緑眼の 胡人吹く。    
 これを吹きて 一曲 猶ほ未だ了らざるに        
 愁殺す 楼蘭 征戍の児。           
 涼秋八月 蕭関の道           
 北風吹断す 天山の草。        
 崑崙山南 月斜めならんと欲し        
 胡人 月に向かひて 胡笳を吹く。           
 胡笳の怨み 将に君を送らんとす           
 秦山 遥かに望む 隴山の雲。       
 辺城 夜夜 愁夢 多く        
 月に向かひて 胡笳 誰か聞くを喜ばん。





 
| (李清照詞) | - | - | posted by 杉篁庵庵主 - -
28-臨江仙・建康に老ゆ

  臨江仙  李清照

歐陽公作《蝶戀花》﹐有“深深深幾許”之句﹐予酷愛之。用其語作“庭院深深”數闕﹐其聲即舊《臨江仙》也。

庭院深深深幾許
雲窗霧閣常扃
柳梢梅萼漸分明  (梅萼=樓萼)
春歸秣陵樹
人老建康城。   (老=客)(康=安)

感月吟風多少事
如今老去無成
誰憐憔悴更雕零
試燈無意思
踏雪沒心情。

      (=燈花空結蕊、離別共傷情)
      ( )内は異本

《和訓》
欧陽公(欧陽脩)「蝶戀花」を作るに、「庭院深深深幾許」の句 有り、予 之を酷愛す。其の語を用ひて「庭院深深」数闕を作る、其の声は即ち旧「臨江仙」也。

庭院(おくにわ)深深(しんしん)と深きこと幾許(いかばかり)ぞ、
雲かかる(まど) 霧かすむ(たかどの)は常に(とざ)せるも、
柳の(こずえ)梅の(うてな)に (ようよう)分明(いろあらわ)れき。
春は秣陵(まつりょう)の樹に帰りきたり、
人は建康(けんこう)(まち)に老ひゆくのみ。

月に感じ、風に吟ずるは、多少事(あまた)あれど、
如今(いま)老い去りては、()すことも無し。
(たれ)(あわれ)まむ、憔悴(やつれ)はて更には(しぼ)(こぼ)るるを。
(とうろうのひ)(ため)せども、意思(こころもと)無く、
雪を踏めども 心情(こころ)おどること()し。
 

《語釈》・庭院:塀に囲まれたにわ。奥庭。 
・深深:奥深い。。
・深幾許:どれほど深いのだろう。 
・幾許:どれほど。
・雲窗霧閣:雲や霧で包まれた建物の窓や高殿。
・扃:(かんぬき。けい)とざすもの、かんぬき。とざす。
・柳梢:やなぎのこずえ。 
・梅萼:梅の花のガク。
・漸:ようやく。だんだん。 
・分明:はっきりと明らかなこと。
・春歸:春が戻っていく。春が過ぎようとする。日を送る。
・秣陵:県名。江蘇省江寧県の東南。現・南京。
・人老:人は老いる。ここの「人」は自身。
・建康城:。建康。都市名。南京の呼称。夫趙明誠が知事であった地。
・多少事:多くのこと。いろいろなこと。 
・如今:今。現在では。
・老去:年々歳を取る。死ぬ。 ・無成:する気が起こらない。
・誰憐:誰が一体憐れんでくれようか。
・憔悴:やつれる。 ・更:その上に。
・雕零:=凋零。花がしぼんで落ちること。死ぬこと。
・試燈:元宵節(灯節・小正月・一月十五日)の前、予行に灯火をともすこと。新年最初の満月の夜、春の到来を祝って提灯に火を灯し月を眺めた。
・無意思:興趣が湧かない。おもしろいと思わない。 
・踏雪:雪の中へ風雅を求めて出ていくこと。
・沒心情:そのような気分でない。興趣が湧かない。
・沒:打消し。無に同。 

《詩意》 
 庭は幾重にもひっそりと奥深く、その深さは幾許でありましょう。
雲や霧で包まれた奥深い建物の窓や高殿はいつも閉ざされていてもの寂しく、また、移ろいゆく春の景色を見るのもいとわしいものです。
早春からだんだんと春は深まり、柳の梢や梅の萼の緑が、ようやくはっきりとしてまいりました。
このように、春はまたこの秣陵の樹々の上にやってまいりましたが、この建康の町で折々の季節を送り、私は老いてやがては死んでいくのでしょう。

月や風といった自然に親しみ、風雅吟行にも楽しみは多いのですが、
歳老いてしまった今となっては、なにもする気が無くなってまいりました。
このやつれ果て、落ちぶれ果てたわたしを誰が憐れんでくれましょうか。
試燈の行事で火を灯しても、なかなか興趣は湧きませんし、
春の雪の中へ風雅を求めて出ていっても、夫と一緒だった若い時のような楽しい気持ちは湧くわけもないのでございます。

【訳詞】
ひそり静める奥の庭
雲霧(くもきり)かすみ、戸を閉ざす。
(ようよ)う色づく柳の芽生え、梅蕾(うめつぼみ)
春は梢に来たれるも、
我この町に老いゆけり。

月に風にと、(おもむ)くことは多けれど、
老い行くこの身は、気もやらず、
()(あわ)れむや、()(やつれ)たる我が身なり。
元宵(げんしょう)()を入るるにも、心許(こころもと)なく、
春の雪踏みてさえ、(こころ)楽しまざりき。
 

《鑑賞》
一人取り残された深い悲しみが胸に迫ります。「翳須曄彷年雪裡でも同じ想いが詠われています。

また、この詞に、李清照は、
〔 欧陽脩の「蝶戀花」にある「深深深幾許」を愛し、其の語を用ひて作る〕と自ら注を付けていますが、
その欧陽脩の「蝶戀花」は、
  庭院深深深幾許
  楊柳堆煙
  簾幕無重數
  玉勒雕鞍遊冶處
  樓高不見章臺路
   雨塢狂三月暮
   門掩黄昏
   無計留春住
   涙眼問花花不語
   亂紅飛過秋千去  というもの。
【欧陽脩】(1007-1072)北宋の政治家・学者。王安石と対立。唐宋八大家の一人 



| (李清照詞) | - | - | posted by 杉篁庵庵主 - -
27-一剪梅・べにばすの香

  一剪梅    李清照

紅藕香殘玉簟秋。
輕解羅裳
獨上蘭舟。
雲中誰寄錦書來
雁字回時
月滿西樓。

花自飄零水自流。
一種相思
兩處閑愁。
此情無計可消除
纔下眉頭    (纔=才)
卻上心頭。
   (卻=却・又)
      ( )内は異本
      (「別愁」「離別」と題するもある)

《和訓》   
紅藕(べにばす)の香を残せる玉簟(ぎょくてん)の秋。
軽く羅裳(うすも)を解きて
独り蘭舟に上る。
雲中 誰(たれ)ぞ錦書寄せ來たらむ
雁字 回る時
月 西楼に満つ。

花自(おのづか)ら飄零(へうれい)し 水自ら流る。
一種の相思
両処の閑愁。
此の情 消除すべき計(すべ)無く
(やうや)く眉頭より下りて
却って心頭に上る。


(訳訓)
 紅(あか)き藕(はちす)の香の残る涼やかなれる秋なれば、
 軽ろき羅裳(もすそ)の薄衣(うすぎぬ)(と)きて、
 我が身は独り 舟の上。
 雲の雁 誰(た)が文(ふみ)の来(きた)るを寄するや、
 雁連なりて 北より渡りきたる時
 月の光の 西の高殿に滿ちたりき。

 はらはらと花の 散りゆき、
 とうとうと川 緩らかに流れゆく。
 思い合い、偲びおうても、
 虚しくも 二つの心 隔つさびしさ。
 此の情(おもひ)消しさりぬべきすべも無く、
 やうやう 愁いの下(くつろぐ)も、
 却(かえ)りて 胸に上るのみ。


《語釈》
・紅藕:赤い蓮の花。藕:レンコン、ハスの花。
・香殘:まだ夏に咲いた蓮の花の香りが微かに残っている。
・玉簟秋:夏物の竹製の敷物が冷たく感じられる秋。 ・簟:たかむしろ。竹や葦の葉を編んで作ったむしろ。夏の調度。「玉」は美称。
・解:とく。ほどく。ぬぐ。
・羅裳:うすぎぬのもすそ。
・獨上:独りで舟にのる。 
・蘭舟:舟。蘭は美称。
・雲中:手紙を運ぶと喩えられる、雲中のガンを指す。 
・錦書:手紙。手紙の美称。ここは夫からのたより。 
・雁字:「人」字や「一」字に並ぶ雁の群。手紙を届ける「字」と結びつける。
・西楼:西の高殿、女性の部屋をいう。
・自:人の感情とは関係なく。おのずと。 
・飄零(ひょうれい):花びらや葉がひらひらと落ちること。おちぶれること。 
・一種相思:同一の愛情。おもいはひとつ。 
・閑:むなしく。 
・此情:この思い。 
・無計:すべがない。 
・無…可:ことができない。 
・消除:取り除く。なくす。
・纔:やっと。わずかに、たった。 
・眉頭:みけん。
・下眉頭:寄せていた眉間を拡げ、落ち着く。
・卻:かえって。…と雖も。ところが、けれども。
・心頭:胸の内。心の中。・上心頭:心に のぼす。気にかかる。

《詩意》
赤いハスの花の香りもすたれてきて、竹の敷物も冷たく感じられる秋とりました。
夏物のうすぎぬのもすそを脱ぎ改めて、
愛しい人もなしに、独りで舟にのります。
夫からの便りもないなか、雲の中から雁はいったい誰の手紙を届けてくれるのでしょうか、
字のように並んで飛ぶ雁の群が戻って来ます。そのとき、
月が、わたしのすむ西楼に一際大きく満ちて見えました。

花は、いつの間にか自然に散り、そのようにわたし(の容色)も、また色褪せてしまうのでしょうか。それに対して川の流れは変わることなく悠々と流れて、時は移り過ぎてゆきます。
おもいはひとつなのに、憂いは二つ、こうしてわかれているは辛いものです。
この愁いは、どうしても消し去ることができません。 
やっとのこと、寄せていた眉根を拡げて外見には落ち着いてまいりましたが、
今度はかえって、深く胸の奥にこの愁いは育っているのです。 

《鑑賞》この作品は、比較的初期の作品であろう。他の詩詞や諺・成語の影響が大きいという。
・花の色は移りにけりないたづらにわが身世にふるながめし間に 小野小町


《訳詩》
 愁い深まる秋

蓮の微かな紅香る涼しい秋になりました
薄いもすそを風あおり
小舟に一人乗ってます
遥かの便りないままに
雁がねばかり帰り来て
月が照らすは西の町

花ははらはら散り過ぎて水はさらさら流れ行く
一つ思いを想い合う
なのに二つに隔てられ
愁いを消せるすべもなく
眉を顰めた苦しみも
今では胸の奥深く



《付録》



(追加更新09/9/30)

| (李清照詞) | - | - | posted by 杉篁庵庵主 - -
26-小重山・梅と月と

  小重山    李清照

春到長門春草青
紅梅些子破
未開勻。      (勻=諭
碧雲籠碾玉成塵   (籠=龍)
留曉夢       (曉=晚)
驚破一甌春。     (春=雲)
花影壓重門
疏帘鋪淡月    (疏=疎)
好黃昏。
二年三度負東君
歸來也
著意過今春。

      ( )内は異本

《和訓》   
春は長門に到り 春草青く
紅梅 些子(いささ)か破ぶるるも
未だ開(かいいん)せず。
碧雲に 籠れる碾玉(てんぎょく) 塵と成し
留まれる暁の夢の
驚破するは一甌(いちおう)の春。

花影 重門を圧し
疏簾(それん) 淡月を鋪(し)きて
黄昏(たそがれ)の 好し。
二年に三度 東君を負(たの)むも
帰り来れるや
意を著して今春を過ごす。


《語釈》・長門:長門宮。寵を失って長門宮に住んでいた漢の武帝の陳皇后が、辛く悲しい思いを文に表してもらうよう頼んだ司馬相如は「長門賦」を表し、それを武帝に捧げ、結果、再び寵を得たという故事により、「長門」は寵を失った后妃の住居を指す。夫不在の境遇を示す。
・些子(いささか):幾らか。すこしばかり。わずか。(あるいは・子:植物の種。蕾を言う。) 
・破:蕾が綻びる。
・開諭Г爐蕕覆開く。 
・諭分け与える、均等にする。
・碧雲:青みがかった色の雲。青雲。お茶の色。
・籠:かご。覆う、包み込む。ここは茶籠。茶籠にはいっている(茶葉)。
・碾玉:碾茶、蒸し製緑茶の一種。 抹茶の原料。 
・碾:臼でひく挽く。
・塵:ちり、埃(ほこり)。抹茶の粉を言う。
・驚破:驚いて打ち砕かれる。熱湯をかけたとき温度差が激しい過ぎて茶壷にひびが入る現象。
・甌:碗、かめ。ここは茶椀(茶壷)。 
・春:「お茶」であり、春でもある。
・花影:月の光などによってできる花の影。 
・重門:幾重もの扉。
・疏:まばら ・簾:カーテン、すだれ。 
・鋪:しく。寝台の意もある。
・東君:日神。太陽。春。春の女神。 
・負:たのむ。あてにする。享受する。
・二年三度負東君:丸二年が経って三度目の春を迎えあてにする。
・歸來也:夫はいつ帰るのであろうか。
・著意:着意:気をつけること。注意すること。着想。

《詩意》
春はまた夫のいない寂しい私の部屋にもやって来ました。草は青々とし、
紅梅はその膨らんできた蕾をいくつか綻ばせていますが、
まだ咲き揃ってはおりません。
青みがかった色のお茶の葉は滑らかな粉になっており、
朝のうつらうつらした夢心地のまま、
春のお茶を入れる茶壷に熱湯をかけますと驚いたことにひびが入ってしまいました。

夕刻になると月の光に花の影が幾重もの扉に映り、
疎らな簾の隙間から淡い月の光がベットの上にまで差し込んできています。
こんな黄昏時は心地よいものです。
夫と別れ住んで丸二年が過ぎて、三度目の春が訪れています、
この春にはお帰りになるのでしょうか。
夫のおとないを心待ちしてこの春を過ごしています。

《鑑賞》
夫を偲ぶ心が春の朝と夕の情景の中に詠われている。

梅の咲きそうな朝、まだ覚めぬ春の夢の気分のまま、さあ、おいしい春のお茶を飲みましょうと春用の朱泥壷を用意して蓋を取り茶葉を入れて、お湯を注ぎますと「ぱちっ」という音が聞こえて来ました。暫く経して茶壷からはお湯が漏れてきます。あああの音が茶壷が割れた時の音と「驚破」に驚いたことです。寂しい春の朝の驚き。
後半は夕月の淡い光に夫を偲んでいます。

初句は薛昭蘊の小重山も同じである。「春到長門春草青、玉階花露滴、月朧明。‥」これは流行歌(はやりうた)でもあったのだろう。

万葉集から同趣の梅の花を読んだ歌を拾ってみる。
 春さればまづ咲くやどの梅の花独り見つつや春日暮らさむ  山上憶良
 春なればうべも咲きたる梅の花君を思ふと夜寐も寝なくに 板氏安麻呂
 我が宿に咲きたる梅を月夜よみ宵々見せむ君をこそ待て  高氏海人


《訳詩》
 春を迎えて
春また到り草青く
梅ほころびて六七分
緑茶の粉の滑らかに
夢を留める
春の一椀

花影(はなかげ)門にしなだれて
簾を透す月の影
三度(みたび)の春に君待てど
いつ帰りなむ
この春も行く

(追加更新09/10/1)

| (李清照詞) | - | - | posted by 杉篁庵庵主 - -
25-玉樓春・紅梅

  玉樓春
    紅梅    李清照

紅酥肯放瓊苞碎  (肯=敢)(苞=瑤)
探著南枝開遍末  (末=未)
不知醞藉幾多時  (醞=薀)(時=香)  
但見包藏無限意。

道人憔悴春窗底
悶損闌干愁不倚。
    (悶損=閑損・閑拍)(闌=欄)(干=杆)
要來小看便來休   (看=酌・着)
未必明朝風不起。

      ( )内は異本

《和訓》   
紅酥(こうそ) 肯(あへ)て放てり 瓊苞(けいほう)の碎(さい)。
南枝に探著す 遍(あまね)く開くや末だしや。
薀藉(うんしゃ) 幾多の時を知らず、
但だ包蔵の無限の意を見るばかり。

道人 春窓の底(もと)に憔悴し、
悶損して闌干には愁ひて倚らざりし。
要して小看に来たるも便(すなは)ち来たれば 休(いこ)ふ、
未だ必ずしも明朝 風起らざるなし。


《語釈》
・紅酥(こうそ):紅梅のこと。紅くて、柔らかくてもろいもの。
・酥:柔らかくてもろい。
・肯:自分の意志で…する、(要望を受け入れて)…する気になる。あえて。
・放:花が咲く。・瓊苞(けいほう):美しい玉のような蕾。
・苞:つと。
・碎:砕ける、ばらばらになる。蕾がほころびること。
・探著:さがしている。たずねる。・著:…している、…しつつある。
・南枝:南方に伸びた枝。日のよくあたる枝。
・開遍未:すっかり開いた。・遍:あまねくゆきわたる。
・醞藉(うんしゃ):醸し持っているもの。含蓄。ここでは、花の香りのこと。(・蘊藉:態度などがおだやかでゆったりしていること。)
・幾多時:どれほどの間だろうか。
・但見:ただ、…のように見受けられる。
・包藏:(ある感情を)隠し持つ、秘める。
・無限意:限りのない深い思い。
・「不知醞藉幾多時」「但見包藏無限意」は、対になるか。
・道人:道士。ここは、作者の自称。あるいは、与謝野晶子の「道を説く君」(柔肌の熱き血潮に触れもみでさびしからずや‥)と同じように、ともに楽しもうとしないつれない夫との解釈もある。
・憔悴:やつれる。
・窗底:窓の下。
・悶損:もだえ苦しむ。・悶:気がふさぐ、くさくさする。
・損:そこねる。
・闌干:てすり。欄干・愁不倚:愁いのあまり寄る気も起こらない。
・要:仮に。
・小看:見くびる、あなどる。ここは字の通り「ちょっと見」。
・便:…ならば、すなわち。・休:憩う。
・未必:…とは限らない,あるいは…でないかもしれない。不確実さをいう。

《詩意》
紅梅は今まさに、玉のような蕾をほころばせています。
南側の光のよく当たる枝を確かめてみます、花は咲き揃っているかどうかと。
醸し出される薫りは、どれだけもつものか分かりませんが、
ただ、限りなく深い想いを包み隠しているように見受けられます。

わたしは、窓辺のもとにいてやつれ果て、
愁いのあまり、手すりに寄る気も起こらずに、もだえ苦しんでいたのでした。
たとえ軽るい気持ちで来たとしても、香る花の下に憩うことになります、
明日には花を散らすような風が吹かないとは、限らないのですから。

《鑑賞》
彼女の詞には梅の花を詠ったものは多いが、この詞では、咲く梅に憩うと詠いながらも、明日の不安を「未必明朝風不起」と明日は悪いことが起こるかもしれない、明日はどうなるか分からない、とその想いを詠ったいる。

君ならで誰にか見せむ 梅の花 色をも香をも知る人ぞ知る(友則・古今集)



《訳詩》
道人をここでは、作者でなく、そっけない夫として読んでみます。

 紅梅白梅

蕾ほころび紅匂う
南の枝はどれほどか
あまたの香りかもしいず
果てなき想いかもし出ず

春べの窓にしおたれて
誘う杯知らぬふり
おばしまにさへ寄りもせず
明日の風に散るは花?




(追加更新09/9/30)


| (李清照詞) | - | - | posted by 杉篁庵庵主 - -
24-鷓鴣天・桂花

  鷓鴣天
    桂花

暗淡輕黃體性柔    (黃=黄)
情疏跡遠只香留
何須淺碧深紅色   (深=輕)
自是花中第一流

梅定妒
菊應羞
畫欄開處冠中秋   
騷人可煞無情思   (煞=殺)
何事當年不見收

      ( )内は異本

《和訓》   
(ひそやか)に淡(あわ)く 軽(かろ)き黄(きのいろ)にして 体性(すがた)の 柔(しなや)かなり
情の疎(そ)にして跡遠かれど 只だ香の留まれり
何ぞ須(すべから)く碧(みどり)の浅く 紅色の深かかるべき
(おのずか)ら是れ花中の第一流なり。

梅は定めて妬(そね)
菊の応(まさ)に羞(は)じるべし
画欄 開く処 中秋に冠たり
騒人 情思無きをを煞(ころ)す可きに
何事ぞ 当年 見るを収めざる


《語釈》・桂花:銀木犀の花。「桂」は木犀(モクセイ)、金木犀は「丹桂」。
・暗:ひそかな(に)、ぼんやりした。
・淡:(色が)淡い、薄い。
・輕黃:かろやかな黄色。
・體:スタイル。・性:事物の性質、傾向。
・體性:姿、様子。
・柔:軽くてしなやかな。柔和な、優しい。
・情:様子。こころ。・疏:まばらにする。乏しい。
・跡:残るしるし。痕跡。徴候(ちようこう)。
・情跡疏遠:心の動きが途絶えがち。
・只:ただ。もっぱら。ひたすら。
・何須:なんぞ、すべからく‥‥べし。
・須:当然
・自是:これにより。当然にそうです。
・定:さだめて。きっと。必ず。・妬:嫉妬(しつと)する。ねたむ。
・応:まさに‥べし。当然…すべきだ。
・羞:恥じいる、恥辱と思う。
・畫欄:美しく彩った飾のついた欄干、開くとあるから飾りの付いた窓か。
・冠:最も優れているさま。最高と認められるさま。「冠たる」
・中秋:中秋節。旧暦8月15日。なお、仲秋は秋の半ば、陰暦八月。
・騷人:詩人。文人。風流人。騒人墨客。*ここは屈原を指す。屈原の楚辭「離騷」には多くの草木の名が載せられているが、桂花の名がない。
・煞:ころす。減じる、そぐ。
・何事:どうしたこと。何ということ。とがめだてするときなどに用いる。
・当年:当時、あの頃。その年、同年。

《詩意》

ぼうっと翳むように淡くうっすらとした黄色い花をつけ、その姿がしなやかな木犀(モクセイ)。
その花の形が美しいわけでもなく、花の色も淡く人を誘うものでもありません。しかし、その香りは濃く、辺りに留まります。
どうしてぜひに碧は浅く紅色は深くしなければならないでしょう。
木犀はこの香りによって花の中でも第一級に属します。

百花に先立ち春早くに咲く姿容秀麗の梅や、秋深まって花の最後を飾る清雅秀美な菊も、それぞれに、木犀を妬み羞じることでしょう。
戸を開きおばしまに出て広がる庭を眺めますと、ちょうど中秋に咲く木犀は花中で最も優れているといえましょう。
楚辭「離騷」に多くの草木の名が載せながら、この桂花の名を記しておりませんが、屈原は木犀の姿の情趣に欠ける点を減ずべきでした。
どうして、楚辭を詠まれる時、この花の好さを見とどけなかったのでしょうか。

《鑑賞》
彼女の愛した梅や菊はその花の色や風韻は優れるものの、濃厚な芳香は木犀の花が優れると詠う。
屈原は首都が陥落して将来に絶望し、石を抱いて汨羅江に入水自殺したが、その強烈な愛国の情から生まれた楚辭の『離騒』にこの花の香りが採り上げられていないことに対しての彼女なりの補足・批評だったのでしょうか。
青州での作品といわれますが、絶望の中で彷徨った彼女と屈原の運命を重ね合わせるとまた違った感慨が生まれます。
なお、中国では「香りの無い花は心の無い花」と、香りのある花が重んじられ、桂花(木犀)のほか、梅、菊、百合、茉莉花(マツリカ・ジャスミン)、水仙、梔子(くちなし)を七香(しちこう)として好んだといいます。

  「もくせい」  金子みすゞ
 もくせいのにおいが
 庭いっぱい。

 おもての風が、
 ご門のとこで、
 はいろか、やめよか、
 そうだんしてた。



| (李清照詞) | - | - | posted by 杉篁庵庵主 - -
23-鷓鴣天・寒日蕭蕭

  鷓鴣天   李清照

寒日蕭蕭上鎖窗   (寒=盡)(鎖=瑣)
梧桐應恨夜來霜。
酒闌更喜團茶苦
夢斷偏宜瑞腦香。

秋已盡
日猶長
仲宣懷遠更悽涼。  (悽=淒)
不如隨分尊前醉
莫負東籬菊蕊黃。
  (黃=黄)
         ( )内は異本

《和訓》   

寒日蕭蕭(せうせう)として 鎖窓に上(のぼ)
梧桐 応(まさ)に夜来の霜を恨むべし。
酒蘭(た)けて更に団茶の苦きを喜び
夢断えて偏(ひとへ)に瑞脳(ずいのう)の香の宜(よろ)し。

秋已に尽き
日猶(な)ほ長く
仲宣(ちゅうせん)の遠きを懐かしむに 更に凄涼(せいりやう )たり。
分に随ひて尊前に酔ふに如(しか)ずして
東籬(とうり)の菊蕊(きくずい)の黄なるに負くる莫(なか)れ。


《語釈》
・寒日:寒々とした秋の終わりの太陽。
・蕭蕭:もの寂しく感じられるさま。雨や風の音などがもの寂しいさま。
・鎖窗:鍵をかけて、閉ざされた窓。
・瑣窗:枠が細かい連環模様の窓。
・梧桐(ごとう・ごどう):アオギリ。アオギリ科の落葉高木。
・應恨:おそらく恨んでいることだろう。
・夜來:夜になってからの。
・酒闌:酒が醒めかけてきて、酒がたけて。
・闌:たける。盛りをすぎる。末になる。「夢斷…」の句と対。
・更喜:もっと、うれしいのは。 
・團茶:茶の葉を蒸して固めたお茶。
・夢斷:夢が途切れて。 
・偏宜:特によい。ひとえによい。
・瑞腦香:龍脳(香料の一種)の香。 
・秋已盡:秋はとっくに終わって。
・日猶長:それでも秋の日はまだ長く感じられる。
・仲宣(ちゅうせん):王粲(おうさん)の字。建安七子の一人。辞賦に長ず。
・懷遠:高いところに登り、遠くを眺め、偲(しの)ぶこと。「登樓賦」による。
・更:その上。・悽涼:ぞっとするほどものさびしいさま。
・悽=淒=凄
・不如:…に及ばない。…にしかず。やはり…する方がよい。
・隨分:天命を聞き、随うこと。自由にする。随意。
・尊前醉:酒席で酔う。酒器を前にして酔う。尊=樽で、酒器。
・莫負:背くな。まけるな。裏切るな。・莫:…するなかれ。
・東籬:東のまがき。・籬:竹・柴などを粗く編んで作った垣。
・菊蕊黄:菊の花のズイの黄色に。

《補注》
・寒日:寒々としているのは、季節だけではなく、作者の心情も反映する。
・應恨・更喜:それぞれ、作者の心の動きを表す語。
・日猶長:本来、旧暦の秋は夜長であって、日は短くなっている。しかし、その短い秋の日でも、長く感じられるほどに、嘆きは深い。
・仲宣懷遠:王粲が後漢末の戦乱の哀しみを、楼に登って、遠く故郷の中原を見やって、懐かしみながらも荒廃を嘆き歌った「登樓賦」で、「登茲樓以四望兮、聊暇日以銷憂」と、故国を懐かしんだことによる。この心情は、李羮箸凌款陲任發△襦ここでは、王粲に仮託して自分の心情を述べている。
・酒闌、團茶苦:とともに、作者の精神を覚醒させるものとして詠われている。
・東籬:陶淵明の「飮酒 其五」の「結廬在人境、而無車馬喧。問君何能爾、心遠地自偏。采菊東籬下、悠然見南山。山氣日夕佳、飛鳥相與還。此中有眞意、欲辨已忘言。」から。「東籬」といえば「菊」、「菊」といえば「東籬」と広く詩詞に使われる。「酔花陰」でも「東籬把酒黄昏後」と詠っている。
・不如隨分尊前醉:自分自身に言い聞かせている言葉でもある。
・莫負東籬菊蕊黃:自ら励ます言葉。

《詞意》
寒々とした太陽が、閉ざされた窓にもの寂しい光を当てて昇っています。
おそらくアオギリの葉は夜になってから降りた霜を恨んでいることでしょう。
お酒が醒めかけてきた時には、朝の団茶のにがみが一層よろこばしく思えます。
夢から覚めて、ぼんやりした頭には龍脳の香もひとえによいものです。

秋がもう終わるというのに、それでも秋の日は嘆きのためかまだ長く感じられるます。
王粲が遠く故郷に思いを馳せた嘆きよりも、わたしの思いの方がもっと痛ましいと胸ふさがります。
ですから思いのままにやはりお酒を飲んで酔いに紛れるしかないのでしょう、
東の垣に咲く菊の花しべの黄色の美しいさに私も負けまいと。

《鑑賞》
秋の深まりのなかでいよいよ増す寂しさ詠われている。

・うつり行くまがきの菊も折々はなれこしころの秋をこふらし 後鳥羽院・水無瀬恋十五首歌合




| (李清照詞) | - | - | posted by 杉篁庵庵主 - -
22-怨王孫・秋已暮

  怨王孫    李清照
  
湖上風來波浩渺 (=雲鎖重樓簾幕曉)
秋已暮
紅稀香少。
水光山色與人親
說不盡        (說=説)
無窮好。    

蓮子已成荷葉老
青露洗      (青=罅
蘋花汀草。
眠沙鷗鷺不回頭
似也恨    (似也=應也・似應)
人歸早。

         ( )内は異本
        (「賞荷」と題するもある)

《和訓》   

湖上に 風の来たりて 波 浩渺(かうべう)。
秋の已に暮れて
(はな)は稀(まれ)にして香り少なし。
水光山色の人に親しくして
説きて尽くせず 
窮む無く好ろし。

蓮子 已に成り 荷葉 老ゆ。
青露の洗ふは
(うきくさ)の花 汀(みぎわ)の草。
(いさご)に眠る 鴎鷺 頭(かぶり)を回らさず
恨むに似たり
人帰ることの早きを。


《語釈》・風來:風が吹いて来て。
・浩渺:広々とはるかなさま。水の広く茫洋としたさま。
・秋已暮:秋がすでに深まった。晩秋になる。
・紅稀:ハスの花が時期も遅いので少なくなる。
・香少:薫りも減ってきた。 
・少:すくない。ない。かける。
・水光:水面のひかり。・山色:山の色。また、山の景色。・水光山色:秋の自然の光景。
・與人親:人々に親しみを感じさせる。 
・與…:…と。…に。
・説不盡:言い尽くせない。不可能を表す。
・説:言う。
・無窮好:限りなくすばらしい。
・窮:尽きる、限度に達する。
・好:よい。
・蓮子:ハスの実。 ・已成:すでに出来て。
・荷葉老:ハス葉は盛りを過ぎている。。
・青露洗:葉の色を青く映す水滴が、洗うように転がる。
・耋:清らかな露。
・蘋花:うきくさの花。沼地、湿地の花。 
・汀草:水辺の草。
・沙:砂州。
・鴎鷺:カモメやサギなどの水鳥。
・不回頭:鳥は人の方を振り返らない。
・似也:‥‥のようだ。 ・人歸早:人の帰っていくのが早すぎる。

《詩意》
湖の上に風が吹いて来て、波が遥か彼方まで広がっていきます。
季節は早くもすでに晩秋。
ハスの花は希になり、薫りも少なくなってきました。
この水や山の風光は、人に親しみを感じさせ、
語り尽くせないほに、限りなくすばらしいものです。

ハスの実はすでにみのり、ハス葉も盛りを過ぎて、
葉の上に溜まった青い滴が、洗うように水際の水草の上に転がり落ちます。
砂州でねむっているカモメやサギの水鳥は、頭を動かそうともせず、
人の帰っていくのが早すぎるのを恨んでいるかのようです。

《鑑賞》
これは、若いときの作品であろう。
彼女の好きな蓮もここでは物寂しい晩秋の様子として「紅稀」「荷葉老」と描写されています。

・夕されば波こす池のはちす葉に玉ゆりすうる風のすずしさ(玉葉)藤原実房

  秋暮れて
湖に風立ち波を寄せ返す
秋はや暮れて
蓮葉(はちすは)の色香かすみて
山水の光れる色の慕わしく
説きて尽きざる
好しき極み

蓮の実の熟し蓮葉老いたるに
露が洗へる
浮く花と(みぎわ)の草に
眠るかに(かしら)動かぬ鷺鴎(さぎかもめ)
怨むかに似る
人はや去るを


(追加更新09/9/30)



| (李清照詞) | - | - | posted by 杉篁庵庵主 - -
21-南歌子・昔に似ず
  
  南歌子   李清照

天上星河轉
人間簾幕垂。      (簾=帘・翠)
涼生枕簟淚痕滋      (淚=涙)
起解羅衣聊問、夜何其? 
       (=起解羅衣、聊問夜何其)

翠貼蓮蓬小
金銷藕葉稀。       
舊時天氣舊時衣
只有情懷不似、舊家時!
 
        (=只有情懷、不似舊家時)

      ( )内は異本

《和訓》   

天上 星河転じ
人間(じんかん) 簾幕(たれぎぬ)を垂る
涼は枕簟(まくらべ)に生じて涙の痕の滋し
起きて羅衣(うすぎぬ)を解きつつ、聊(いささ)か問ふ、
夜の何其(いかばかり)ならんやと。

(みどり)貼る蓮蓬(はちす)の小さくして
金鎖の藕葉(はちすは)は稀なり
旧時の天気 旧時の衣なれど
只だ旧家時(むかし)に似ざる情懐の有るのみ。


《語釈》・天上:天の上の。空の。「人間」と対。 
・星河:銀河。
・轉:移動して。転じて。時間が経つ。 
・人間:人の世。じんかん。
・簾(帘)幕:カーテン。 
・涼生:涼しい風が吹き始めたこと。
・簟:たかむしろ。夏物の竹製の敷物。 
・痕:涙のあと。痕跡(こんせき)。
・滋:生じる、生える。増える、増す。しげし。 
・起解:起きてぬぐ。
・羅衣:うすものの衣服(夏物)。
・聊(いささか):差し当たり。雑談する。
・夜何其:「夜如何其」(如何(いかん):どのようであるか)・どれほど更けているのか。(いつになったら夜が明けるのか)。眠れないでいることを言う。 
・其:推測の語気。
・翠貼:翡翠(エメラルド)を貼り付けた。 
・蓮蓬:ハスの花托。
・金銷:金糸(金箔をおいて)で縫い取りをした。
・藕葉:ハスの葉。・稀:まばらな。少ない。まれ。
・「翠貼蓮蓬小 金銷藕葉稀」は間着の模様の描写。豪華な「翠」「金」をならべ、それを「小」「稀」として、豪華絢爛と言うものではなく、華やかさのなかに上品さをもっていて、それはまた、夫と過ごした生活を語るものでもあったでしょう。蓮を好んだ彼女の愛着のある着物でもあったでしょう。
・舊時:むかしの。以前の。「舊」を三回繰り返し強調し、リズムを作る。
・天氣:天の気配。自然の様子。季節。 
・舊時衣:以前のままの衣裳。
・只有:ただ、それだけが、…だ。 
・情懷:心の中に思うこと。所懐。
・不似:似ていない。違う。 
・舊家:以前の。昔の。

《詩意》
時は移ろい、天上界は、秋の銀河が現れ、人の世は、窓のカーテンを降ろす時節となりました。
涼しい風が吹き始め、夏物の枕や敷物には悲しみの涙のあとが多く目立ちます。
長くなった夜に寝付かれないまま、起きあがり、夏物の着物を脱いで合いの着物と着替えながら侍女に尋ねます、
「いつになったら夜は明けるのでしょう」と。
 
間着の翡翠のハスの実の刺繍は、小さいものですが、昔の光を留めています。
金糸の縫い取りのハスの葉は、なかなかに稀なもので、昔を懐かしむ気持ちを起こさせます。
こうして天地の季節が以前と同じように移ろい、着る衣裳も昔に変わるわけではありませんのに、
ただ、気持ちだけは、夫亡き後は、以前とは、まるで違ってしまいました。

《鑑賞》
・いたづらにすぐる月日をかぞふればむかしをしのぶねこそなかるれ金葉集師頼


《訳詩》

 七夕の夜

秋の空には天の川
私は独りカーテン引いて
涼しさの増す寝枕に涙の痕を加えてる
薄い衣の肌寒く
深まる夜を問い嘆く

蓮の緑の小さな実
金色の葉の刺繍も褪せて
あの日の空に独り居てあの日の着物つけてみる
なのに思いは添い寝した
あの日あの夜に似もしない


<09/9/30追加更新>


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20-醉花陰・重陽の節句


  醉花陰 九日    李清照
 
薄霧濃雲愁永晝  (雲=贐・陰)
瑞腦消金獣  (消=噴)
佳節又重陽  (佳=時)
玉枕紗廚   (玉=寶)
半夜涼初透  (涼=秋・愁)

東籬把酒黄昏後
有暗香盈袖
莫道不消魂
簾捲西風
人比黃花痩
 (比=似)(黃=黄)

      ( )内は異本
      (「重陽」「九月九日」と題するもある)

《和訓》一 (中田勇次郎の訓読)
   
薄く濃く霧立ち込むる日永をかこちつつあれば
金獣(ひとり)に燻(くゆ)る瑞腦も消え果てにけり
佳節は又 重陽となりぬ
玉の枕 薄衣(うすぎぬ)のとばり
身にしみとほる夜半(よは)の涼しさ

黄昏(たそがれ)ののち 東の籬(まがき)に酒を酌めば
夜の香は袖に溜まりぬ
寂しからずといはずもあらなむ
(すだれ)動かし 秋風吹きて
人は黄菊の花よりも痩せたり 
       
     集英社・漢詩大系二四巻の中田勇次郎の訓読による。
     
注・これだけは中田勇次郎の訓読が染み付いているので先ずこれを記す。

《和訓》二 (こちらは私の読み)

  花陰に酔ふ 九日
 
薄き霧 濃き雲に永き昼を愁ふるに
瑞腦は金獣に消え
佳節は又重陽となりて
玉の枕 紗の廚(とばり)
半夜に涼しさの初めて透る 

東の籬(まがき)に酒を把るは黄昏の後
(ひそやか)なる香の有りて袖に盈(み)
魂消えずと道(い)ふなかれ
簾捲く西風に
人は黄の花比(よ)りも痩せたるに 


《語釈》・薄霧濃雲:雲と霧のかかる光景であり、また心情でもある。
・永晝:孤独で、やるせなく永く感じられた昼間。一日を愁いに沈んで過ごした。
・瑞腦:香の名、香材。「浣溪沙」に「玉鴨硼簾凌韃」とある。
・金獣:獣を彫った金の香炉。
・佳節:めでたい節の日。ここは、重陽の佳節。 
・又:またもや。
・重陽:旧暦九月九日の節句。菊の節句。茱萸(しゅゆ=ぐみの実のこと)を袋に入れて丘や山に登ったり、菊の香りを移した菊酒を飲んだりして邪気を払い長命を願う節句。また、高き丘に登り、遙かな人を偲ぶともいう。
・玉枕:玉(ぎょく)のような枕。陶磁器の枕。
・紗廚:紗のカーテン。蚊帳の意もある。
・半夜:よなか。夜半。
・涼:涼気。・透:部屋の中の玉枕の元、紗廚の中まで涼気が入る。
・東籬:東の垣根。・把酒:酒を飲む。 
・把:とる。手に持つ。
・黄昏:たそがれ。たそがれになる。
・暗香:密やかなかおり。菊の花の香り。 
・盈袖:そでにみちる。
・莫道:いうなかれ。……なんて思わないで下さい。
・消魂:魂が消え入る。悲しみに心を失う。銷魂。 
・西風:秋風のこと。
・人:ここは、作者自身。
・比:…よりも。・黄花:菊の花。重陽の菊。庭に残る黄菊(残菊)
・痩:やせる。やつれる。憂愁のために身も心も疲れ果てたさまの比喩。

《詞意》
   離れ暮らす貴方を偲び、贈る歌

(結婚できたというのに、政争に巻き込まれて貴方とは別れての暮らし。行く末の定まらぬまま、独り残されて、徒に日々は過ぎていきます。)
雲は重く、霧が立ち込める(これからの見通しも立たない)日がな一日はやるせなく、
香炉から立ちのぼる香りもいつの間にか消え果て、時が虚しく過ぎて行きます。
いつしかまた、ひたすら貴方を偲ぶ菊の節句(九月九日)が巡り来ました。
夜にもなれば、気怠く横たわる枕辺に、薄衣のカーテンを通す涼気が殊のほかに身に沁みます。

黄昏の後まで、東の垣根の下で菊の花を眺め、菊の酒を酌みつつ、貴方を偲んでいましたので、
菊の花のほのかな薫りが袖に移り籠もっています。
哀しみはますます募って、どうして哀しみに沈まないなどと言えましょう。
簾は、吹く秋風に揺れ動き、
私はといえば、庭に残る黄菊の花よりもやつれ果てています。

《鑑賞》この詞は二〇代の終わり頃に中田勇次郎の読み方で朗読したレコードを聴いてはじめて知り、気に入ってしまったもの。その頃、むやみに女性に読んでもらっていた時期もあった。詞を知ったはじめでもある。
三十年ぶりに詞を読む気になったのもこの作品があったからといえる。
また、これほど「艶」な詩歌は他にないと思う。「会いたい!」という悶えにも似た想いが詠われている。
この詞は、別居時ではなく、夫に先立たれ、独り残されて過ごす日々に作られたとの説もある。いずれにせよ、いない夫を偲び、晴れない気分を「薄霧濃雲」と詠う。時は九月九日菊の節句。陶淵明の「飲酒 其五」の「采菊東籬下、悠然見南山」という一節に依って、菊を植えてある垣根の前に立ったのである。
また、杜甫の「登高」という七言律詩の後半の「萬里悲秋常作客、百年多病獨登臺、艱難苦恨繁霜鬢、潦倒新停濁酒杯(郷国を遠く去り、いつまでも旅人である。人生百年、その半ばもすぎ、病も多く得て、登高の佳節にも、たったひとりでこの高台にのぼっている。艱難の連続で鬢の毛は霜のごとく、酒を飲むこともやめることになった。)」と重ねて読むこともできる。
夫に想いを馳せるものの、夫は遙かな人となり、哀しみはますます募ってくる。どうして哀しみに沈まないと言えようか。秋風の中、私は残菊よりもきっとやつれ果てたことだろう。これを趙明誠死後の詞とすると悲痛すぎる。

 ・うすくこくうつろふ菊の籬(まがき)かなこれも千草の花とみるまで(草庵集・頓阿)


《訳詩》
 痩せたる花
霧の立つ雲厚き日のやるせなさ
(くゆ)らす(こう)も消えはてて
秋の節句のまた来たり
独り寝続く枕辺に
夜半の涼しさ沁み通る

黄昏(たそがれ)て東の(かき)に酒酌めば
ほのかな香り袖に満つ
(たま)消えずとは言うなかれ
(すだれ)動かす秋風に
菊より瘠せし我なれば


(追加更新09/9/30)


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